原始重力波の痕跡は予想以上に検出できる? -インフレーション期における原始重力波発生の新たなメカニズムを提唱-

2022年1月12日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Valeri Vardanyan (ヴァレリ ヴァルダニヤン) 特任研究員や 佐々木節 (ささき みさお) 特任教授/副機構長をはじめとする国際研究チームは、インフレーションを発生させる場における量子ゆらぎから発生する原始重力波に加えて、インフレーションの際にさらに追加的な場の量子ゆらぎが生じることで大きな原始重力波が発生する可能性を指摘しました。これにより、たとえ低いエネルギーでインフレーションが起こっていたとしても、Kavli IPMU も参加する次世代衛星計画の LiteBIRD (ライトバード) による宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) に刻まれた原始重力波の痕跡の検出が期待できます。本研究成果はアメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に2021年12月15日 (米国東部時間) 付で掲載されました。

 

2. 発表内容
宇宙の初期、インフレーションと呼ばれる非常に急激な加速膨張が起きたと理論的に予言されています。このインフレーション仮説は非常に成功した理論であり、最も単純なモデルであったとしても、現在の宇宙における物質の不均衡な分布を正確に予測することが出来ます。具体的には、インフレーションを引き起こす場に生じた量子ゆらぎが、インフレーションによって天文学的なスケールまで引き伸ばされ、宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) の温度のゆらぎ、宇宙における暗黒物質や銀河の非均一な分布など、現在の宇宙のあらゆる構造の源となったとされます。

また、インフレーションが生じるのと同様のメカニズムにより、時空の波紋である重力波も発生したと予言されています。原始重力波と呼ばれるこの時に生じた重力波は、インフレーション期の物理を理解する上で極めて重要であり、原始重力波を検出することが出来れば、インフレーションが起きた時のエネルギーを決定できると考えられています。また、インフレーションのエネルギー源となったインフラトン場が、インフレーションの最中にどれだけ変化したか (「Lyth Bound」と呼ばれる関係) と原始重力波は関係しているとされます。

 

宇宙の真空から生じた原始重力波は非常に微弱であり検出は困難ですが、Kavli IPMU も参加する次世代衛星計画の LiteBIRD (ライトバード) による CMB 偏光観測では、原始重力波が CMB に刻んだ特殊な偏光パターンの痕跡を検出できる可能性があります。そのため、原始重力波を理論的に理解することに注目が集まっています。そして、もしインフレーションが十分に高いエネルギーで起きた場合には、LiteBIRD で原始重力波が検出できると期待されています。一方、量子重力の枠組みで構築されているインフレーションモデルの多くでは、インフレーションの起きたエネルギーの値が非常に小さいと予測されており、その場合には LiteBIRD での原始重力波の検出は難しく、理論の実証は出来ないと考えられていました。

しかし、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)  の Valeri Vardanyan (ヴァレリ ヴァルダニヤン) 特任研究員や 佐々木節 (ささき みさお) 特任教授/副機構長をはじめとする国際研究チームは、従来の研究とは全く異なる可能性を理論的に示しました。研究チームは、量子ゆらぎから発生する原始重力波に加えて、インフレーションの際に追加的な場の量子ゆらぎが生じることで大きな原始重力波が発生する可能性を指摘しています。インフレーション中の場の量子ゆらぎは通常は非常に小さく、ここから発生する原始重力波は無視できる大きさです。しかし、量子ゆらぎが増強されるような場があれば、かなりの量の重力波を発生させることができます。つまり、たとえ低いエネルギーでインフレーションが起こったとしても、LiteBIRD で観測可能な量の原始重力波が生まれるのです。

Valeri Vardanyan 特任研究員は、「他の研究者達も私達のアイディアと関連した研究に取り組んでいますが、これまでのところ私達のようなインフレーションを起こす場のみに基づく大きな原始重力波発生のメカニズムの提唱に成功したグループはありません。こうした理論において主に問題になる点は、場の量子ゆらぎを増強して原始重力波を発生させると、同時に余分な曲率ゆらぎも発生してしまい、宇宙が実際よりもでこぼこになってしまうことです。私達は、場の量子ゆらぎと曲率ゆらぎを上手く分離することで、理論的な問題を解決出来ました」と述べています。

研究チームは、原始重力波発生においてこのメカニズムが機能することを定量的に証明し、原始重力波が CMB に刻んだ特殊な偏光パターンがこのモデルにおいてどのくらいの予測値として現れるかを示しました (図1) 。今後、LiteBIRD による原始重力波の痕跡の検出により、インフレーション理論の実証と詳細なメカニズムの特定に繋がると期待されます。

 

3. 発表雑誌
雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル:Beating the Lyth Bound by Parametric Resonance during Inflation
著者:Yi-Fu Cai (1,2,3), Jie Jiang (1,2,3), Misao Sasaki (4,5,6), Valeri Vardanyan (4), and Zihan Zhou (1,2,3)
著者所属:
1. Department of Astronomy, School of Physical Sciences, University of Science and Technology of China, Hefei, Anhui 230026, China 
2. School of Astronomy and Space Science, University of Science and Technology of China, Hefei, Anhui 230026, China
3. CAS Key Laboratory for Researches in Galaxies and Cosmology, University of Science and Technology of China, Hefei, Anhui 230026, China 
4. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), UTIAS, The University of Tokyo, Chiba 277-8583, Japan 
5. Center for Gravitational Physics, Yukawa Institute for Theoretical Physics, Kyoto University, Kyoto 606-8502, Japan 
6. Leung Center for Cosmology and Particle Astrophysics, National Taiwan University, Taipei 10617, Taiwan


DOI:10.1103/PhysRevLett.127.251301 (2021年12月15日掲載)
論文のアブストラクト(Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)

4. 問い合せ先
(研究内容について)
Valeri Vardanyan (ヴァレリ ヴァルダニヤン) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員
E-mail: valeri.vardanyan_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

佐々木 節 (ささき みさお) 
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任教授/副機構長
E-mail: misao.sasaki_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森真里奈
E-mail:press_at_ipmu.jp  TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください