宇宙量子センサーによる太陽に束縛された超軽量暗黒物質の直接検出

2022年12月6日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)のJoshua Eby(ジョシュア イービー)特任研究員を中心とする国際研究チームは、高精度な量子センサーである原子時計(注1)を宇宙で用いて、超軽量暗黒物質(ULDM = ultralight dark matter)(注2)を探索する新しい方法を提案しました。
水星の軌道の内側、太陽に非常に近い場所にある宇宙船に搭載された原子時計を研究することが、暗黒物質の正体を明らかにすることになるかもしれないとする新しい研究結果が示されました。
本研究成果は、(Nature Astronomy)に12月6日付けで掲載されました。

2. 発表内容
【背景】
暗黒物質は宇宙の質量の80%以上を占めていると考えられていますが、数十年にわたる実験的努力にもかかわらず、これまでのところ地上の実験では検出されていません。このような検出実験では、検出する場所での暗黒物質の密度の予想が大切になります。密度が高ければ検出器を通過する暗黒物質の量が増え、従って検出効率も上がることになります。異なる暗黒物質のモデルでは、暗黒物質の密度が通常の予想よりも高いこともあるし、また特定の場所で他の場所よりも高くなることもあります。

なかでも原子や原子核を用いた実験的探索は特に重要なものです。と言うのも、暗黒物質の検出に非常に高い感度が達成されているからです。その例として、暗黒物質の質量が非常に小さい場合に、その物質波としての性質により自然界の物理定数に振動する変化をもたらす場合が挙げられます。例えば、電子の質量や電磁気力の微細構造定数にこのような振動が起こることで、原子内部の遷移エネルギーが変化することが予想できます。
研究チームは暗黒物質による遷移エネルギーの振動的な変化を検出する方法に大きな可能性を見出しました。
特に水星の軌道の内側の太陽に近い領域では超軽量の暗黒物質の密度が非常に高い可能性があり、そのため暗黒物質に対する感度が特別に高くなると主張しています。
暗黒物質による物理定数の振動的な変化は、原子の遷移エネルギーの周波数を精密に測定することで実現されている原子時計により検出できる可能性があります。原子時計の周囲の超軽量暗黒物質による原子の遷移エネルギーの変動が原子時計の周波数を変化させるためです。
「実験の周辺に暗黒物質が多ければ多いほど、これらの振動は大きくなるため、信号を分析する際には暗黒物質の局所的な密度が非常に重要になります」とイービー特任研究員は述べています。
太陽近傍の暗黒物質の正確な密度はよく分かっていませんが、比較的低い感度の探査でも重要な情報が得られると研究者たちは考えています。

【研究手法・成果】
今回、Kavli IPMUのJoshua Eby特任研究員を中心とする国際研究チームは高精度な量子センサーである原子時計を用いた超軽量暗黒物質を探索する新しい方法を提案しました。
超軽量暗黒物質が存在した場合、それが波として影響することで、電子の質量や微細構造定数など物理の基本定数に振動的な変動を与える可能性があることが指摘されています。原子時計は原子内の遷移エネルギーの周波数を精密に計測することで実現されていますが、超軽量暗黒物質の存在により物理定数が振動することで遷移エネルギーの値にも振動が起こり、原子時計によりその周波数が精密に計測されることでその効果が検出される可能性があります。この論文では、原子時計を用いた超軽量暗黒物質の探索を宇宙で行うことが提案されています。それは、太陽系の内側、水星軌道の内側、そして太陽に非常に近い場所にある探査機に搭載された原子時計による探査です。太陽近傍のこの領域では暗黒物質の密度が非常に高い可能性があり、振動信号に対する感度が非常に高くなるという利点があります。
太陽周辺の超軽量暗黒物質の密度分布は惑星の軌道によって制約されています。そのため、最も内側の水星軌道より太陽に近い領域ではその制約はとても小さいと予想されています。宇宙船に原子時計を搭載して測定すれば、これらのモデルにおける暗黒物質の限界を、すぐに世界最高水準で明らかにすることができるのです。
この理論を検証するための技術はすでに存在しています。イービー特任研究員によると、2018年に打ち上げられたNASAのパーカー・ソーラー・プローブ(注3)は耐熱シールドを備え、歴史上どの人類が作った探査機よりも太陽に接近しており、今後、更なる接近が計画されています。
【波及効果、今後の予定】
今後、現在実現あるいは計画されているより高精度(10-18あるいは10-19)の原子時計を宇宙に持っていって測定することが可能になれば、このような実験の発見範囲が飛躍的に拡大していくことになります
宇宙における原子時計を用いた測定には、超軽量暗黒物質の探索以外にも多くの成果を期待することができます。例えば物理量の精密測定による等価原理の検証や、さらに宇宙で原子時計の測定を行うことで地上も含めた原子時計のネットワークを構成することにより多くの物理的成果を期待することができます。
「将来起こりうる火星探査を含む長距離宇宙ミッションでは、宇宙原子時計が提供するような卓越した時計が必要となる。パーカー・ソーラー・プローブとよく似た遮蔽物と軌道を持ち、原子時計装置を搭載した将来のミッションは、この探索を行うのに十分です。」とイービー特任研究員は述べています。

 

3.用語解説
(注1)原子時計(atomic clock)
原子や分子のスペクトルには決まった周波数の電磁波を吸収・放出する吸収線・輝線を持つ場合があり、この周波数を精密に測定することで水晶振動子より高精度な周波数標準器となる。原子時計には、利用する電磁波の周波数領域によって次のようなタイプがある。まず、マイクロ波の周波数領域の遷移を用いたマイクロ波時計にはセシウム133を用いたものがあり、現在の国際単位系の1秒の定義に使われている。現在、10-15の精度(3000万年に1秒)が実現されている。より周波数の高い、光領域の遷移を使った光原子時計には、ストロンチウム、イッテルビウムなどを用いたものがあり、マイクロ波時計より高い10-18の精度が実現されている。精度が上がると相対性理論により時計がある場所の速度・重力・電磁場が精度に大きく関係してくる。

(注2)超軽量暗黒物質(ULDM)(ultralight dark matter)
超軽量暗黒物質とは、暗黒物質モデル(DM)の一種。
非常に軽い質量のため銀河系スケールでのボーズ・アインシュタイン凝縮が起こると予想されていて銀河核でのダークマターの分布が大きくなりすぎる問題を解決する可能性があることから、近年注目されています。

(注3)パーカー・ソーラー・プローブ(Parker Solar Probe)
太陽の外部コロナの直接観測を計画している宇宙探査機である。太陽表面から8.86太陽半径(590万キロメートル)への到達が計画されている。2018年8月12日にデルタ IV ヘビー10号機で打ち上げられた。
太陽光の強度が地球軌道と比べ約520倍の強さがあるため、探査機を防護するために約1400 ℃に耐えられる炭素繊維強化炭素複合材料製の耐熱シールドを備えている。

4. 発表雑誌
雑誌名: ネイチャー・アストロノミー(Nature Astronomy)
論文タイトル: Direct detection of ultralight dark matter bound to the Sun with space quantum sensors
著者: Yu-Dai Tsai(1、2、3)、Joshua Eby(4)、Marianna S. Safronova(5, 6)
著者所属: 
1 Department of Physics and Astronomy, University of California, Irvine, CA 92697-4575, USA
2 Fermi National Accelerator Laboratory (Fermilab), Batavia, IL 60510, USA
3 Kavli Institute for Cosmological Physics (KICP), University of Chicago, Chicago, IL 60637, USA
4 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI),
The University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
5 Department of Physics and Astronomy, University of Delaware, Newark, Delaware 19716, USA
6 Joint Quantum Institute, National Institute of Standards and Technology
and the University of Maryland, College Park, Maryland 20742, USA

DOI:10.1038/s41550-022-01833-6(2022年12月6日発行)
論文アブストラクト(Nature Astronomy) 
プレプリント (arXiv.orgのページ)

5. 問い合わせ先
(研究内容について)
研究連絡先 [英語での対応]
ジョシュア・イービー
特任研究員
東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) 
電子メール:joshua.eby_at_ipmu.jp
* at_を@に変えてください。

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
E-mail:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930