ダークマターを見る! – HSC国際チームが宇宙の標準理論を検証

2023年4月4日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラによる大規模撮像探査(HSC-SSP)の国際共同研究チームは、全探査の半分弱にあたる中間データを用いて、宇宙のダークマターの分布を精密に測定し、宇宙の標準理論を検証しました。その結果、HSC-SSPから得られた「宇宙の構造形成の進行度合いを表す物理量」(S8)が、ビッグバン後38万歳の宇宙を観測して得られたS8と95パーセント以上の確率で一致しないことを確認しました。これは宇宙の標準理論の綻び、つまり宇宙の新しい物理を示唆している可能性があります。今後、HSC-SSPの最終データを用いた解析、さらに、すばる望遠鏡の次世代超広視野多天体分光器による観測で、この問題に決着が付けられることが期待されます。

hsc
図1 すばるHSCの画像(クレジット:HSC-SSPプロジェクト & 国立天文台)
s8
図2 宇宙の構造形成の進行度合いを表す物理量S_8の測定結果。上の4つは、HSC-SSPのデータに対して異なる4つの手法を用いた結果。丸点が測定の中心値、エラーバーは統計誤差(統計誤差のなかに真の値がある確率が68%の範囲)。比較として、プランク衛星による宇宙マイクロ波背景放射の観測と、欧米の研究チームによる重力レンズ効果の測定(Dark Energy SurveyとKilo-Degree Survey)から得られているS_8の値が示されています。(クレジット: Kavli IPMU)

2. 発表内容
 宇宙の標準理論によれば、宇宙は約138億年前のビッグバンという大爆発で始まり、その後膨張を続けています。初期の宇宙は驚くほど均質でのっぺりしていましたが、ダークマターなどの物質の空間分布のわずかな凸凹が重力で成長し、銀河や銀河団など、現在の宇宙の構造を作ってきました。特に、我々の天の川銀河をはじめとする銀河は、ダークマターが集まっているところに形成されたと考えられています。現在の宇宙は、通常の物質が約5パーセント、ダークマターが約25パーセント、ダークエネルギーが約70パーセント、そしてわずかな光子という組成で成り立っていることが分かっています。

上述の宇宙の組成に加えて、宇宙の初期に存在した原始ゆらぎ(物質の空間分布の凸凹)を特徴づける2つのパラメータを加えた宇宙の標準理論は、多くの観測データを説明することに成功しています。このように宇宙の標準理論は驚くほどシンプルですが、多くの謎が残されています。ビッグバン(インフレーションと呼ばれる)は本当にあったのか?ダークマター、ダークエネルギーの正体は?これらの謎を解明することを最重要課題として、研究者たちは宇宙の標準理論を徹底的に検証することに挑んでいます。

すばる望遠鏡の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam(ハイパーシュプリームカム、HSC)は、口径8.2メートルの主鏡による集光力、一度に満月9個分もの天域を観測できる広い視野、シャープな画像を撮ることを可能にする解像力により、遠方宇宙にある暗い銀河を広い天域にわたり観測するには世界最高の観測装置です。

日本、台湾、米国(主にプリンストン大学)の研究者からなる国際共同研究チームは、2014年から2021年にかけて、HSCを用いた大規模な撮像探査(HSC-SSP)を行いました。今回の研究成果は、全探査の半分弱にあたる約3年間分、約420平方度(満月2000個分)の天域の観測データに基づいています。研究チームは、アインシュタインの相対性理論が予言する重力レンズ効果に着目しました。遠方の銀河からの光は、途中に存在する宇宙構造の重力レンズ効果により「歪んで」観測されます。逆に、遠方の銀河像の歪みを測定することにより、宇宙構造の重力の強さを観測できることになり、重力の大半を占める、光では直接観測できないダークマターの空間分布を「見る」ことができるのです(以下の記事参照:「超広視野主焦点カメラ HSC の初期成果がまとまる」の図2)。

しかし、重力レンズ効果による歪みは極めて小さく、個々の銀河からは見分けることができません。しかし、研究チームは、約2,500万個の銀河の形状を組み合わせることにより、宇宙の重力レンズ効果を正確に測定することに成功しました。

HSC研究チームは、重力レンズ効果の測定から、宇宙の標準理論のパラメータ(宇宙の物理量)の一つである、現在の宇宙の構造形成の進行度合いを表す物理量(以後S8)を可能な限り「正確」に測定することを目指しました。客観性を担保し、信頼性の高い結果を得るために、研究チームは「ブラインド解析」を行いました。研究チームは、重力レンズ効果を模擬した偽のHSC銀河カタログを2つ用意し、真のカタログと共に同時に解析しました。また、標準理論とHSCの重力レンズ効果の測定の比較から得られる宇宙論パラメータの測定値を見ない、また他の観測結果と比較せず、様々なテストを行いました。さらに、真のカタログを明らかにし、S8などの宇宙論パラメータの測定値を明らかにした後は、結果を一切変更せずに発表する約束もしました。このブラインド解析により、例えば、先行研究結果と一致した結果が得られた途端に解析やテストをやめてしまうという「確証バイアス」を避けることができます。

重力レンズ効果の測定から、現在の宇宙の構造形成の進行度合いを表す物理量 (S8) を測定することができます(図2)。宇宙の標準理論が正しければ、様々な観測で得られたS8は全て同じ値になるはずです。 HSC-SSPによる結果はS8=0.76であり、欧米の重力レンズ効果の測定結果と一致しました。一方、HSC-SSPによるS8は、Planck衛星による宇宙マイクロ波背景放射の測定結果で得られるS8(0.83)よりも小さいことがわかりました。その理由がHSCとPlanck衛星の測定誤差によるものと仮定した場合、2つのS8の値が今回の結果になる確率は5パーセント以下です。つまり、95パーセント以上の確率で2つの測定結果が一致しないことを示唆しています。

Planck衛星が観測するのは38万歳の初期宇宙の姿なので、その測定からS8の値を得るには、Planck衛星による結果が示唆する宇宙論パラメータで現在の宇宙まで構造を進化させ、S8を計算する必要があります。つまり、上記のS8の不一致は、前提としていた宇宙の標準理論の綻びのためかもしれません。標準理論には含まれていない宇宙の新しい物理が存在する可能性があるのです。

実は今回のHSC-SSPによる後期宇宙の観測だけでなく、後期宇宙の他の観測データから得られたS8は、Planck衛星のS8の値よりも小さく、「S8不一致問題」として注目されていました。今回、研究チームは、高精度の観測データに基づく慎重かつ客観性を担保した解析においても、S8不一致問題が存在することを確認しました。

なお、今回のHSC研究成果は、国際共同研究チームの成果ではありますが、カブリIPMUに関係する研究者、若手研究者が大活躍しました。2023年3月に東京大学大学理学系研究科物理学専攻で博士号を取得した杉山素直は、重力レンズ効果の測定、S8の物理解析など、あらゆる場面で中心的な役割を果たしました。米国カーネギーメロン大学の博士研究員Xiangchong Liは、同じく東京大学物理学専攻で2021年に博士号を取得し、重力レンズ測定のための銀河のカタログの構築、S8の物理解析で活躍しました。カブリIPMUに関連するシニア研究者、教授高田昌広、連携研究員の宮武広直(名古屋大学)、Surhud More(インドIUCAA)もチームの中心メンバーです。

本研究に関して研究者達は下記のように述べています。
杉山 素直Kavli IPMU大学院学生
「今回、すばるHSCの最新のデータを解析することによって、宇宙の標準理論の綻びを『正確』に調べることができて非常に興奮しています。今回遂行したブラインド解析では目隠し状態で解析をするため、途中でデータの解析結果を見ることができずとてもストレスのたまる研究でしたが、ブラインド解析を終え最終的な結果を見たときには疲れが吹き飛びました。本研究で確立した私たちの研究手法は、赤方偏移の不正確性に影響を受けないユニークな解析であり『正確』な結果を導くことができました。今後は本研究で得た知見をもとにHSCの最終データの解析にも尽力していきます。」

高田 昌広Kavli IPMU教授
「アインシュタインが提案した宇宙定数を含む宇宙の標準理論に間違いがあるかもしれません。大変エキサイティングです。さらに嬉しいのは、杉山素直さんをはじめとする若手研究者が、国際共同研究を辛抱強くリードしてくれ、今回の研究成果を実現したことです。日本の将来の観測的宇宙論は明るいです。今回の研究は、長年私が夢見てきた日本発の観測的宇宙が実現した瞬間でした。大発見に繋がるかもしれません!」

 

3. 論文(arXivに投稿)
Miyatake, H., Sugiyama, S. et al. 2023, Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from galaxy clustering and weak lensing with HSC and SDSS using the emulator based halo model
プレプリント(arXiv.org)

More, S., Sugiyama, S. et al. 2023, Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Measurements of the clustering of SDSS-BOSS galaxies, galaxy-galaxy lensing and cosmic shear 
プレプリント(arXiv.org)

Sugiyama, S. et al. 2023, Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from galaxy clustering and weak lensing with HSC and SDSS using the minimal bias model 
プレプリント(arXiv.org)

Dalal, R. et al 2023, Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from cosmic shear power spectra
プレプリント(arXiv.org)

Li, X. et al. 2023, Hyper Suprime-Cam Year 3 Results: Cosmology from cosmic shear two-point correlation functions
プレプリント(arXiv.org)

日本グループのすばるHSCに関わる活動は、日本学術振興会・科学研究費助成事業 (JP18H04350, JP18H04358, JP19H00677, JP19K14767, JP20H00181, JP20H01932, JP20H04723, JP20H05850, JP20H05855, JP20H05856, JP20H05861, JP21J00011, JP21J10314, JP21H01081, JP21H05456, JP22K21349 ) 、東京大学Beyond AIの支援を受け行われています。

 

4. 問い合せ先
(研究内容について)
高田 昌広(たかだ まさひろ)
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) 教授
E-mail: masahiro.takada _at_ ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 坪井あや
E-mail:press_at_ipmu.jp
TEL: 080-4056-2930

 

関連リンク
専門的な詳しい論文の解説はこちらのページを参照してください(英語)
ダークマターを見る!― HSC 国際チームが宇宙の標準理論を検証(ハワイ観測所)
【研究成果】ダークマターを見る! – HSC国際チームが宇宙の標準理論を検証(素粒子宇宙起源研究所)