2024年11月28日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI)
1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)の立川裕二 (たちかわ ゆうじ) 教授と Kavli IPMU で研究を行う東京大学理学系研究科の岡田昌樹 (おかだ まさき) 大学院生は、素粒子理論や物性理論で近年盛んに研究の行われている非可逆的対称性の操作が、量子情報理論における量子操作として表せることを、物理で広く扱われている定式化を用いて簡潔に説明できることを示しました。従来、量子コンピュータの基本的な枠組みを支えている量子情報理論においては、測定などの非可逆的な操作は量子操作と呼ばれる概念を用いて定式化されていましたが、素粒子理論や物性理論においては、非可逆的対称性の操作について、一般にどのような記述が存在するか知られていませんでした。本研究により、理論物理におけるあらゆる非可逆的対称性の操作は量子操作であることが理解できるようになりました。これは素粒子理論や物性理論における非可逆的対称性と、量子情報理論という、発達著しい2つの物理理論の密接な関連を示す成果です。
本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー・レターズ (Physical Review Letters) に米国時間2024年11月6日付で掲載されました。また、成果の重要性から注目論文 (Editors’ Suggestion) に選ばれました。
2. 発表内容
<研究の背景>
物理学において、対称性は理論の性質を調べる上で重要な手がかりとなる概念です。理論がある操作のもとで不変であるとき、理論は対称性をもつと言います。例えば、磁場を記述する方程式においては、N 極であったところを S 極に、S 極であったところを N 極に一斉に取り換えると、磁場の向きが一斉に逆になることを除けば、物体に及ぼす力や、磁場に蓄えられたエネルギーなどは変わりません。これは、磁場を記述する方程式が N 極と S 極を入れ替える操作に対して対称性をもつからです。
近年、素粒子理論や物性理論では、この対称性を一般化した概念の研究が盛んに行われており、その一つが非可逆的対称性です。従来の対称性には、操作を元に戻す逆操作が必ず存在するという条件がありましたが、この条件を緩めて、完全な逆操作が存在しない場合に一般化した概念が非可逆的対称性です。
非可逆的対称性の代表例として、空間一次元時間一次元のイジング模型における双対性変換が挙げられます。イジング模型は、磁石のふるまいを説明するための理論で、スピンと呼ばれる小さな磁石がたくさん並んでいる状況を考えます。この理論で、例えばスピンの向きを一斉に反転させても、N極とS極が入れ替わるだけでエネルギーなどの物理的な性質は変わらないので、イジング模型はこの操作の元で不変です。この反転操作は、もう一度繰り返すとスピンの向きが元に戻るので、従来の意味での対称性になっています(図1a)。また、適切な温度のもとでは、今考えているスピンの配置に対して、その中間点だけにスピンがあるような新しいスピンの配置を考えて、適切にスピンの向きを設定すると、元の状態と物理的な性質が変わらない新たなスピンの並びを作ることができます(図1b)。この操作を双対性変換といいます。しかし、出来上がった新たなスピンの並びは、元々並んでいたスピンの向きをごちゃ混ぜにして作ったものなので、この双対性変換を必ず元に戻せるような都合の良い操作は存在しません。その結果、双対性変換は非可逆的対称性になっています。
近年急速に発展している他の分野として、量子情報理論があります。量子情報理論は、現在世界中で開発が行われている量子コンピュータの基本的な枠組みを支えている理論であり、量子ビットというメモリに様々な操作を施すことで計算を定式化しています。
一般に、量子力学では、元に戻せるような可逆な操作はユニタリ変換という数学的な概念で記述されます。しかし量子コンピュータの回路では、可逆なユニタリ変換だけでなく、量子ビットの測定などの非可逆的な操作も考える必要があります。そこで量子情報理論では、ユニタリ変換を一般化した量子操作という概念を用いて、非可逆的な操作を定式化しています(図2)。
<研究の内容>
対称性についての一般的な性質を考えましょう。従来の意味での対称性は操作が可逆だったので、ユニタリ変換で記述することができます。それでは、操作が非可逆な非可逆的対称性は、量子情報理論の量子操作で記述することができるのではないでしょうか。Kavli IPMUの立川裕二 (たちかわ ゆうじ) 教授と岡田昌樹 (おかだ まさき) 大学院生は、今回これを実際に示すことができました。
非可逆的対称性の操作は量子操作であるというアイデアは、数学者のマルセル・ビショッフ(Marcel Bischoff) 氏とその共同研究者たちによって既に提唱されていましたが、それは限られた物理系にのみ適用でき、理論物理においては広く使われていない定式化の中でのものでした。本研究では、彼らのアイデアが物理でより広く扱われている定式化を用いて簡潔に説明できることを示しました。これにより、実際に理論物理における勝手な非可逆的対称性の操作は、量子操作であることが理解できるようになりました。具体例としては、イジング模型における双対性変換について、その量子操作としての具体的な表式を書き下すことができます。
<今後の展望>
現在活発に研究されている非可逆的対称性ですが、それらについて一般的に成り立つ性質はあまり知られていませんでした。今回、その一つを解明しただけでなく、量子情報理論というもう一つの急速に発展している分野との関連を提示しました。本研究が両分野のさらなる交流の一助となり、今後の発展に繋がることが期待されます。
※本研究についてはこちらリンクから研究者による解説動画もご覧いただけます (本ページの最下段からも閲覧可能です)。
3. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル: Non-invertible symmetries act locally by quantum operations
著者: Masaki Okada (1), Yuji Tachikawa (1)
著者所属:
1. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
DOI: 10.1103/PhysRevLett.133.191602 (2024年11月6日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review Lettersのページ)
プレプリント (arXiv.org のページ)
4. 問い合わせ先
(研究内容について)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構
教授 立川 裕二(たちかわ ゆうじ)
E-mail:yuji.tachikawa_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
Tel:04-7136-5977
E-mail:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください