Profile 07 池田 曉志 (いけだ あきし)

名前: 池田 曉志 (いけだ あきし):数学
出身地新潟県十日町市
職位Kavli IPMU 特任研究員
おすすめの書籍:  J.R.R. Tolkien 著:“The Lord of the Rings”
日本で好きな場所養老渓谷 「滝などの自然が綺麗で、とても思い出深い場所です」
 

数学者になりたいとずっと思っていたのでしょうか?

いいえ。むしろ、研究者になることは恐らくないだろうなと思っていました。

勉強はよく出来たんです。教科書を渡されれば、すぐに理解できると思います。でも、何かを理解することと、何かを作り上げることは根本的に全然違うことです。私は、よく出来た学生だったかもしれないけど、新しいアイディアを思いつくほどのクリエイティブさはないと思っていました。

正直に言えば、私が大学で数学をなぜ選んだかと言えば、実験室で実験するようなことが唯一無い専攻だったことが理由でしたし。

他の理由としては、数学は工学や基礎科学といった様々なキャリアの基礎になるものだと感じたからです。それで、結局数学を使うようになるのなら、後からよりもむしろ、一番初めに勉強してしまったほうが良いと思ったのです。今では、人工知能のような分野が台頭してきているのかもしれないですが、私が学生の頃を振り返ってみると、金融業が注目されていました。それでその分野に行こうと思って、確率論のような金融関連の勉強を始めて、イベントに参加してみたり就活をしていました。

でも、自分にとっては面白く感じられなかったんですよね。

そんなある日、後に指導教官となる加藤先生 (加藤 晃史 東京大学大学院数理科学研究科 准教授) の解析力学の講義を聞きに行ったんです。加藤先生は、現在は数理物理学を研究されていますが、元は超弦理論の研究室のご出身です。講義では、ニュートン力学は、変分法という解析力学の手法の一つを用いると、シンプルで数学的に綺麗な形で表現できるという内容が紹介されていました。その講義を聞いていて、なんて美しい数式なのだろうと感じたことを今でも覚えています。それで当時、大学院に行って加藤先生のもとで数学を学ぶのも悪くないかなと思い始めたんです。

でもその時点では、私は数学に真剣に取り組んだことなんてなくて。大半の時間を大学の時に入っていたオーケストラの部活に費やしていて、数学クラスの試験に合格する程度の時間しか数学に取り組んでいませんでした。でも思うに、あの講義が転換点だったと思います。そうして、数学を一から勉強するために、日の出から日が沈んで寝るまでずっと勉強するということを始めて、かれこれ約2年くらい続けました。その頃は、友達に遊びに誘われても断っていました。加藤先生にずっと後になってから言われたのですが、一緒に研究し始めた頃は、私がいろんなことをこなしていけるか心配していたそうです。でも、私が進歩していっている様子を見て、乗り越えられると確信したとか。それで、ほかの数学の学生になんとか追いつけるようになって、修士論文を書き上げることができました。

加藤先生は素晴らしい指導教官でした。数学を教えてくださるだけでなくて、場の量子論や物理学についても沢山教えてくださいました。
 

今のご研究は大学院生の時からのお仕事と繋がりがあるのでしょうか?

基本的にはそうです。Kavli IPMU の数学者のほとんどは、物理学寄りだと感じています。それだけじゃなく、物理学に関連する数学を専門とする人が皆、この建物にいることに驚くばかりですね。戸田さん (戸田 幸伸 Kavli IPMU 主任研究員) の研究分野は私と近いですし、ボンダルさん (Alexey Bondal Kavli IPMU 主任研究員) のしてきたことは、私の研究の多くの部分で基礎となっています。トドールさん (Todor Milanov Kavli IPMU 准教授) のような研究者と一緒に議論することだってできます。
 

Kavli IPMU の研究環境はご自身の研究を進めるのに役立っていると感じますか?

私の分野にとってはそうですね。Kavli IPMU は研究するには本当に良い場所だと強く感じています。

例えば、ミラー対称性という単語をご存知でしょうか?Kavli IPMU にはミラー対称性について研究している人が沢山います。私の研究の多くの部分は、ミラー対称性に深く関係しているので、ミラー対称性を研究する多くの研究者と議論出来て助かっています。
 

ミラー対称性が、ご自身の現在の主な研究テーマなのでしょうか?

いや、私はブリッジランド安定性条件に焦点を合わせ研究しています。このテーマは、博士課程の時からの主な研究になります。
 

ブリッジランド安定性条件とは何に由来するのでしょうか?

超弦理論です。超弦理論では、Dブレーンと呼ばれるものがあります。Dブレーンが安定な状態かどうかは重要な意味を持ちます。例えば、お椀の底にボールがある状態、陽子に近い一番内側の電子軌道で電子が動いている状態とか。これは、安定状態もしくは基底状態のことです。ほとんどの物が基底状態となろうとするわけで、だからこそ安定状態を調べることはとても重要です。

2000年頃になって、Michael Douglas という研究者が超弦理論におけるDブレーンの安定性について問い始めました。

Dブレーンは、数学的には導来圏を用いて表現されます。導来圏の中には沢山の対象があります。導来圏の対象がDブレーンとして解釈されます。Tom Bridgeland は純粋数学者ですが、Douglas の仕事をみて、何の条件が導来圏の中の対象を安定させるかに着目したくなったんですね。Douglas の仕事に動機づけられて、彼は明瞭な数学的な定義を作り上げています。
 

安定性条件についてどのように研究しているのでしょうか?

主に2つの方向性があります。一つ目は与えられた安定性条件に対して、導来圏の中の安定な対象を調べることです (※ "圏" の中に含まれているものを "対象" と呼びます)。その後、安定性条件を変えて、最初安定だった対象が不安定になっているか否かをみてみます。そうしていくと、さっきは不安定だった対象が、設定した新しい条件下では安定になるということも分かるかもしれません。

二つ目は、考えうる安定性条件全てを集めて空間を作ることです。これは安定性条件の空間と呼ばれます。安定性条件の空間がどのような形をしているのか?それはどのように見えるのか?この二つ目が私の研究の中心です。 

私の研究は、30年以上前に発表された斎藤先生 (斎藤恭司 Kavli IPMU 客員上級科学研究員) の原始形式理論に関する業績のような、何年も前に行われた研究内容と関連しています。こうした新しい研究と昔の研究との繋がりは、私の研究を面白くしています。

ブリッジランド安定性条件は、ミラー対称性の一部では重要なものです。なんて言ってしまうことは簡単ですが、きちんと数学的に色々なことを証明するのは大変です。


分かっていくようになるのは時間次第なのでしょうか?あるいは、答えが得られるようになる前に改善が必要なことは何かあるのでしょうか?

時間は1つの要素ではあります。ですが、まだ進んでない数学的要素というのもたくさんあります。10年前に発展した数学的技法が、私の研究だったり、今日得られる数学の成果の助けになるといった状況です。技術的な部分での更なる発展はあると思っていますし、そうなれば、何が答えかというのもより明確になっていくはずです。もちろん私自身、色々な新しい数学的技法の導入に取り組んでいます。
 

研究内容はどこで拝見できますか?

arXivの下記ページにてご覧いただけます。
https://arxiv.org/find/math/1/au:+Ikeda_A/0/1/0/all/0/1