2021年4月22日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
1. 発表概要
ハワイ島マウナケア山頂のすばる望遠鏡に搭載される次世代基幹観測装置の一つとして、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) を中心とする国際チームが開発を進めている超広視野多天体分光器 PFS (Prime Focus Spectrograph) のプロジェクトでは、装置の一部を使って初めて夜空の観測に成功しました。望遠鏡主焦点に取り付ける予定の主焦点装置の代わりに口径4cmほどの試験用の小型望遠鏡をすばる望遠鏡のスパイダ部分 (図1) に取り付けて、空からの光をPFS用ファイバーケーブルを介して分光器に導きスペクトル画像を取得しました。2021年2月8日、10日の2日間でファイバーケーブルの望遠鏡とドームへの敷設作業を行い、翌日2月11日に小型望遠鏡の設置と夜空の初観測が成功したことは大きな前進です。今後、観測を継続し、取得したデータを使って装置の特性調査やデータ解析パイプライン (注1) をはじめとするソフトウェア開発を先行して進めながら、試験観測本番に備えていきます。
2. 発表内容
【背景】
超広視野多天体分光器 PFS (Prime Focus Spectrograph) は、すばる望遠鏡に取り付けられる次世代主力観測装置の1つで、東京大学 Kavli IPMU を中心とする国際チームが2023年からの本格観測運用開始を目指し開発を進めています。
PFS は主に4つの装置から構成されています (図2左) 。すばる望遠鏡の主焦点において光ファイバーを使って天体の光を集める主焦点装置、赤・青・近赤外の3種類のカメラを搭載して380ナノメートルから1,260ナノメートルの波長範囲に及ぶ天体の可視~近赤外線のスペクトルを取得する分光器、焦点面でのファイバーの位置を測定するメトロロジカメラ、そして分光器と主焦点装置をつなぐ全長55mのファイバーケーブルユニットです。この内、メトロロジカメラが2018年4月に、分光器1台目(近赤外カメラを除く) が2019年12月に国立天文台ハワイ観測所に輸送され、ハワイ島マウナケア山頂にあるすばる望遠鏡での組上げと調整を終了しています (※過去の関連記事を参照)。プロジェクトではハードウェアに加え、分光器で取得した画像を整形してスペクトルを抽出し、スペクトルから天体の視線速度(天体と観測者を結ぶ線を視線といい、視線速度は天体が観測者に近づく、或いは遠ざかる速度) などの解析をするパイプライン、解析した結果をまとめておくデータベースなどのソフトウェアの開発も急ピッチで進めています。
【今回の成果】
ファイバーケーブルユニット(図2右) は、イギリスで基礎的な製作を行った後ブラジル宇宙物理実験局 (LNA) で仕上げの組上げが行われています。光ファイバーは荷重やねじりのストレスがかかると、ファイバーへ入射する光と異なった焦点比(注2) の光が出てきてしまいます (FRD と呼ばれる現象です) 。ファイバーケーブルは望遠鏡の鏡筒とドーム棟内に張り巡らされるので、望遠鏡が動いたり、ドーム内の気温が変化したりすることでファイバーにかかるストレスが大きく変化すると、この現象が起きてしまい、分光器に安定した焦点比の光を送ることができません。その為、ファイバーケーブルユニットにはファイバーにストレスがなるべくかからないよう光ファイバーをチューブにまとめたり、ストレスがかかったとしてもそれを和らげるためのスペースを設けるなどの工夫が施されています。
ファイバーケーブルユニットは全部で4本ありますが、2020年末に1本目がハワイ観測所に輸送され、2021年2月にすばる望遠鏡の敷設が行われました。ケーブルの敷設もファイバーに余分なストレスがかからないように、試作ケーブルを通じてストレスを最小化する固定方法を検討し、敷設手順にも工夫をこらしました。更に同じ2月に、夜空のスペクトルを調査するための小型望遠鏡 SuNSS (Subaru Night-Sky Spectrograph) も取り付けました (図3)。そして、SuNSS をファイバーケーブルユニットで分光器とつなぐことにより、PFS の分光器が夜空のスペクトルを初めて捉えることができました (図4) 。
分光観測において、分光器でとらえた画像を整形してスペクトルを取り出す際の大きな課題の一つが「スカイ引き」と呼ばれるプロセスです。大気中のヒドロキシ基 OH やオゾンが発する光は、『 夜光 (やこう) 』として地上から観測する天体のスペクトルにノイズとして含まれます。パイプラインを使って画像を処理するときに、この夜光ノイズを取り除かないといけませんが、難しいのは、夜光の強さが時間とともに変化し、また、観測する空の場所によっても違う点です。これを克服するには、夜光の時間変動や場所による違いが PFS ではどのように見えるのか事前によく理解しておく必要があります。また、実際の PFS 本観測では一部のファイバーを使って夜光を観測しノイズとなるスペクトルを見積もる予定ですが、どのファイバーを使ってもこれが正確にできるようにするには、分光器の検出器中の場所に応じた像の特徴を事前に調べておく必要があります。
SuNSS を用いることで、実際に分光器で観測される夜光の状況を再現できるので、今回の成果はパイプライン開発に大きな進展をもたらします。しかも、SuNSS は主焦点装置が付いていない間も夜空を観測することが可能です。主焦点装置が到着するまでの間も時間を有効に使って、今後はすばる望遠鏡から見える夜空を長時間モニタリングして変化を調べ、そのデータを用いて装置の特性調査やソフトウェアの開発を引き続き進めていく予定です。
本件については国立天文台ハワイ観測所の記事も併せてご覧下さい。
3. 問い合せ先
(研究内容について)
田村 直之(たむら・なおゆき)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任准教授
E-mail: naoyuki.tamura_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
(報道対応)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
E-mail: press_at_ipmu.jp TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください
(すばる望遠鏡に関すること)
国立天文台ハワイ観測所 広報担当 石井 未来
E-mail:ishii.miki_at_nao.ac.jp
*_at_を@に変更してください
※日本との時差は-19時間です。時差にご配慮願います。
4. 用語解説
(注1) データ解析パイプライン
観測や実験で取得した生データを科学的な考察ができるように検出器の特性やノイズの処理をしたり、解析そのものを行ったりするソフトウェア。PFS では検出器で得られた生画像からスペクトルを抽出するパイプラインと、スペクトルから視線速度やラインを検出するパイプラインの2種類の開発が進められている。特に前者のパイプラインでは、検出器のピクセル応答の補正をし、波長や明るさの較正、スカイノイズの除去、スペクトルの切り出し、といった処理を行っている。
(注 2)焦点比(F ratio : F値)
焦点距離 f を有効口径 D で割った値 (口径比) の逆数。ストレスなどを受けてファイバーから出た光の焦点比が入射光のそれと変わる現象を FRD(Focal Ratio Degradation)と呼ぶ。FRD が大きいと、分光器の検出器に結像する光の焦点位置やスポット形状が変わるので、スペクトルの切り出しや波長較正、スカイ引きなどが正確に出来なくなる。PFS のパイプラインでは検出器上のスポット形状に対する FRD の影響も調査している。
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「Kavli IPMU ものしり新聞」第4号を発行
関連リンク
超広視野多天体分光器 PFS の光ファイバーと分光器で夜空の観測に成功 (国立天文台ハワイ観測所の記事)
プライム・フォーカス・スペクトログラフ (PFS)
(Kavli IPMUのリサーチプロジェクトページ)
PFS ブログ (PFS プロジェクトの進捗を紹介しています)