宇宙論と統計

 
数値シミュレーションによる多数の模擬宇宙の例。宇宙論パラメタによって変化する宇宙大規模構造のパターンを機械学習させ、未調査の宇宙論パラメタセットに対して新たなシミュレーションを実行することなく高速に予測を行う。

宇宙論を近代的な実証科学たらしめているのは、物理模型に基づいた理論予言と観測データに基づく綿密な検証である。この2つを結びつけるのに重要な役割を果たすのが統計学である。統計学は、与えられたデータの元で、現象を説明し得る多数の模型についてどれが尤もらしいか教えてくれる。近年の観測プロジェクトの巨大化と相まって、宇宙論のビックデータ科学としての側面がにわかにクローズアップされつつある。Kavli IPMUでは、宇宙論研究者が統計学者、コンピュータ科学者らと協力して、学際的研究としてこの課題に取り組んでいる。

宇宙論において、確率は次の意味で非常に本質的である。現在の標準的な理解によれば、宇宙の晴れ上がり直後の姿を写し出した宇宙マイクロ波背景放射の温度揺らぎから、星、星団、銀河、銀河団、そして宇宙の泡構造と言った階層を織り成す宇宙大規模構造に至る宇宙のあらゆるゆらぎの起源は、宇宙初期のインフレーション期の量子ゆらぎへと遡る。この時期の時空の僅かなゆらぎが宇宙年齢に亘って重力不安定性により徐々に増幅されることで、宇宙は現在見られる多様な姿を獲得した。

しかしながら、量子論によって記述される物理現象は本質的に確率的であるため、たとえ宇宙を支配する法則を完全に解明したとしても、いつどこにどのような天体が形成されるべきか決定論的に予言することはできない。実際に観測された宇宙の構造は、そのような確率過程として実現した1つの標本に過ぎないため、そこから宇宙の枠組みを決める基本的な模型やそこに含まれる少数の宇宙論パラメタを導き出すためには、統計学に則った議論が必須である。また、より広く天文学を見渡しても、誤差を含んだデータ、不完全なデータや、文字通り天文学的に巨大な数に及ぶデータを適切に分析するには統計学的知見が欠かせない。

Kavli IPMUの研究者は、統計学分野で発展した最新の手法を駆使して、これらの問題に取り組んでいる。観測可能な宇宙は1つしかないが、数値シミュレーションにより多数の模擬宇宙を創れば、その統計的性質を調査することが可能となる。我々は、観測ビッグデータを凌駕する規模のシミュレーションビッグデータを訓練データとした機械学習を行い、これに基づいて機械が導き出した理論予測を高度なベイズ推定の枠組みに組み入れることで、現実の宇宙に最も良く適合する模型を導き出そうとしている。さらに、宇宙のゆらぎを統計的に特徴付ける際に旧来用いられてきた、空間パターンの2点相関関数を超えた多様な統計量が持つ宇宙論的情報を定量化し、これらを実用化するための理論研究をも推進している。その他にも、視線方向に沿って射影された2次元的空間パターンとして観測される弱重力レンズ効果から、本来の空間3次元の宇宙の構造を復元する際に、疎性モデリングなどの手法が有効となりえ、また、これまで人間の目を通して逐一判断する必要があった超新星爆発などの時間変動現象の検出、分類への機械学習の導入など、広範な研究テーマに対して統計学の知見を利用している。これらの取り組みは、すばる望遠鏡HSCから得られた実データに対して応用することで、着々と実を結びつつある。
(Last update: 2018/05/08)

関連リンク

関連観測プロジェクト: ハイパー・シュプリーム・カム(Hyper Suprime-Cam: HSC)

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