観測宇宙論

宇宙の大規模構造の特性と起源を理解することは観測宇宙論にとって最も重要である。現在最も広く受け入れられているシナリオは、主に冷暗黒物質の空間的非均一性に起因する重力の不安定性が種となって密度のばらつきを増幅し、現在の階層構造を形成したと考える冷暗黒物質に支配されたモデルである。したがって冷暗黒物質の分布と量を突き止めることが大規模構造形成の理解にとって重要である。さらに、暗黒エネルギーの存在が宇宙膨張を加速させるので構造形成に影響を与える。暗黒物質の分布と暗黒エネルギーの正体は大規模な銀河サーベイによって調べることができる。

我々は現在使用可能な施設を使った観測と装置の将来計画の両方に積極的に取り組んでいる。この分野の強力な研究手法が重力レンズ効果とバリオン音響振動である。また、宇宙マイクロ波背景放射の偏極も別の方面から宇宙を研究する特有の手法である。

重力レンズ効果

遠方の銀河が発する光の軌道はその伝播途中に横たわる大きな物体の重力で曲げられ、銀河画像がゆがめられる。これが弱い重力レンズ効果である。逆に辿って、銀河画像間のゆがみの相関を測定すると目に見えない暗黒物質の分布がわかる。さらに、弱い重力レンズ効果は宇宙スケール距離の光の伝播を扱うので、その効果の大きさは暗黒エネルギーに敏感な宇宙膨張の歴史に左右される。したがって弱い重力レンズ効果に関連する観測量は暗黒物質と暗黒エネルギー、いわゆる「暗黒面」、の正体を調べる強力な手法を提供する。我々はすばる望遠鏡からのデータや大規模構造のシミュレーションを用いて、観測と理論両方から重力レンズ効果現象の研究を行なっている。

バリオン音響振動

暗黒エネルギーの性質を調べるには宇宙膨張の歴史を正確に調べる必要がある。光は有限速度で伝わるため、遠くを見ることによって過去の膨張速度を測定できる。異なった距離での膨張速度を比較することによって膨張の歴史を調べ出すことができる。膨張自体は比較的簡単に測定することができる。遠方の銀河から発せられた光は空間の膨張によって引き伸ばされ、より赤色になる。これは普通の分光器があれば測定できる。

しかし膨張の歴史の測定には銀河から発せられた光がどのくらい過去に起きたものなのか、別の言い方をすれば、どのくらい離れたところで起きたのかを知る必要がある。しかし、宇宙スケールでの正確な距離の測定は非常に難しい。この課題を克服するための有力な手がかりが宇宙初期のバリオン音波振動、あるいは音波の伝播、によって刻印されたバリオン物質の特徴的な距離間隔の集まりであり、これが宇宙スケールの距離測定のための「標準ものさし」の役割を果たす。この方法では広視野の膨大な数の銀河を観測して、明るい銀河の空間分布を作り、特徴的な距離を測定しなければならない。

超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime- Cam (ハイパー・シュプリーム・カム, HSC)

HSCはすばる望遠鏡(ハワイのマウナケア山頂4,200メートルにある8.2メートル可視光ー赤外線領域望遠鏡)の主カメラを約10倍の広視野(満月9個分の空の領域)を持つ新しいカメラに交換したものである。2014年から高サーベイ速度や優れた画質などHSCが持つ性能を最大限活用して大規模な銀河サーベイを行い、約1000平方度(満月5000個分)の視野を数赤方遷移までの初期宇宙を探査している。弱い重力レンズ効果や銀河クラスターなど宇宙スケールの観測量データをもたらし、暗黒物質と暗黒エネルギーを解明するには理想的である。IPMU研究者は積極的にこの計画に関わり、データ解析手法を開発中である。

スローン・デジタル・スカイ・サーベイIV (SDSS-IV)

カブリIPMUはSDSS-IVグループに参加しており、SDSS-IVは現在、拡張バリオン振動分光サーベイ(eBOSS)と呼ばれる宇宙の明るい銀河やクエーザーの空間距離のマップ作成を推進している。これまで他のサーベイでは観測されていない赤方遷移領域に集中することによりeBOSSの全データで宇宙の歴史の80%以上の構造を精査し、これまでで最大の領域のマップを作成することが期待される。これらのデータは暗黒エネルギーの性質や構造形成過程を理解するために役立っている。カブリIPMUの研究者はまたSDSSグループの前世代の古い画像や分光データを使っての解析も継続している。

プライム・フォーカス・スペクトログラフ(PFS)

すばる望遠鏡の主焦点に次世代多天体分光装置を取り付けて大規模なサーベイ観測を行うのがPFS計画である。2011年1月に開催されたすばるユーザーズ会議で圧倒的な支持を得て計画が承認されプロジェクトが正式にスタートして以来、カブリ IPMU を中心とする国際チームにより装置開発と観測計画の立案が進められている。

この装置を使うと、最大約2,400個の天体を同時に分光観測でき、しかも1回の露出で 380nm から 1260nm まで(可視光域全体と近赤外域の一部)という広い波長範囲をカバーできる。すばる望遠鏡に PFS を搭載することで、8.2m の主鏡による大集光力と主焦点で実現できる超広視野を最大限に活用でき、世界的にもユニークな多目的分光装置となる。

PFS が、すでに稼働中の超広視野カメラ HSC とともに一翼を担う SuMIRe 計画("すみれ": Subaru Measurement of Images and Redshifts)では、HSC 画像に PFS 分光を加えていく形で宇宙の「国勢調査」を行う。これにより得られた星と銀河の巨大統計を使い、バリオン音響振動を始めとする様々な精密測定から暗黒エネルギーや暗黒物質、ニュートリノの性質に制限を与え、多種多様な銀河の形成や進化の歴史とその物理過程に迫る。

宇宙マイクロ波背景放射(CMB)観測

宇宙におけるインフレーションは、宇宙論で取り組むべき最大の問題のひとつである。ありがたいことに、宇宙の始まりの10-38秒後のこのインフレーションという出来事は、宇宙マイクロ波背景放射(Cosmic Microwave Background=CMB)の偏光観測により、原始Bモードという形を通して試験可能である。これまでCMB観測は、初期宇宙の物理を研究するためのデータを提供してきた。 例えば欧州宇宙機構(ESA)のPlanck衛星による最近のデータによりLambda-CDM宇宙論の理解が深まった。現在、高感度観察に向けた技術の急速な発展を受けて、研究者たちは、インフレーションという理論的枠組みに対して直接的証拠を掴むことができるさらに深い感度の世界へと狙いを定めつつある。インフレーション宇宙に加えて、その後の宇宙についても豊富な物理を学ぶことができる。 CMB光子は、大規模構造からの重力ポテンシャルと相互作用をする。そのため、ニュートリノの総質量など、大規模構造に影響を及ぼすものは何であれ、細かい角度分解能でのCMB偏光観測により探知することができる。

カブリIPMUが積極的に関わっているのは、現在進行中の地上観測や、将来の衛星ミッションのための準備である。POLARBEARを用いてチリのアタカマから観測を行っている。これにより、弱い重力レンズから生じたCMB Bモードパワースペクトルの検出に初めて成功した。Simons Arrayの一部であるPOLARBEAR2はまもなく完成し観測を開始する。Simons Observatoryはチリに設置予定の次世代地上望遠鏡である。CMB Bモードパワースペクトルにおける再結合ダンプから弱い重力レンズにわたる角度スケールを高精度で探ることができる。次世代衛星計画LiteBIRDは、テンソル/スカラー比を0.001を切る感度で原始Bモード信号を狙うべく特化した設計がなされている。

現在、カブリ IPMUのCMBグループは、理論と実験の面からBモード偏光観測を押し進めており、4人の教員とポスドクが積極的にプロジェクトをリードしている。


(Last update: 2018/05/31)

 

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