これまでで最も遠方の単独の星の観測

2018年4月3日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)
 

1.発表概要:
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 准科学研究員で東京大学理学系研究科助教の大栗真宗氏も参加する、ミネソタ大学の Patrick Kelly 氏をリーダーとする国際共同研究チームは、重力レンズと呼ばれる増光現象を利用することで、90億光年離れた単独の星を観測することに成功しました。この「イカロス」と名付けられた星の発見は、単独の星の観測の最遠方記録を大幅に更新したのみならず、宇宙の質量の大半を担うダークマター (注1) の正体に関しても新たな手がかりを与えました。

本研究成果は、英国科学雑誌「Nature Astronomy」に2018年4月3日付で掲載されました。

 

2.発表内容:
望遠鏡で宇宙を長時間観測すると、多数の遠方の銀河を観測できます。銀河は典型的には100億個の星から構成されており、私たちはその星の光の集合を銀河として観測しています。銀河を構成する個々の星を分解して観測することは、望遠鏡の感度や分解能の限界によりごく近傍の銀河を除いて通常は不可能です。
 

しかしながら、重力レンズと呼ばれる自然の集光現象を利用することで、この限界を克服することができます。重力レンズとは一般相対論により予言される、重力場による光の経路の曲がりで、これにより遠方の天体からの光を集光し増幅させることができます。この集光現象をうまく利用することで遠方の銀河内にある単独の星を観測することも原理的には可能ですが、そのような現象はこれまで発見されていませんでした。
 


東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 准科学研究員で東京大学理学系研究科助教の大栗真宗氏を含む東京大学の研究者と東北大学の研究者が参加する、ミネソタ大学の Patrick Kelly 氏をリーダーとする国際共同研究チームは、まさにこのような現象を初めて発見しました。研究チームは地球から50億光年離れた MACS J1149+2223と呼ばれる銀河団 (注2) をハッブル宇宙望遠鏡 (注3) で観測した際に、銀河団背後にある90億光年離れた渦巻銀河の中で増光する天体を発見しました。この天体をハッブル宇宙望遠鏡で継続観測しその光度曲線や天体の色を詳細に解析した結果、この天体は超新星爆発などの星の死に伴う爆発現象ではなく、普通の青い星が重力レンズによって増光されたものであると結論付けました。この増光された星の正式名称は MACS J1149+2223 Lensed Star 1 ですが、研究チームはギリシャ神話にちなんでこの星を「イカロス」と名付けました。
 

研究チームの解析によると、イカロスは最大で元の明るさの2000倍以上に増光されたと見積もられています。重力レンズによる増光がなければこの星は単独ではハッブル宇宙望遠鏡のような高感度な望遠鏡でも到底観測することはできませんが、2000倍以上の非常に大きな重力レンズ増光によって観測が可能になったのです。これまでの単独の星の観測は1億光年より近いごく近傍の銀河の星に限られていましたが、今回の90億光年離れた銀河の星の観測によって単独の星の観測の最遠方記録を大幅に更新したことになります。
 

また、この観測は遠方の銀河を構成する星に関する貴重な情報をもたらすだけではなく、宇宙の質量の大半を構成するダークマターの研究に対しても非常に有用であることがわかりました。研究チームの解析によると、ダークマターがどのような物質から構成されているかで星の増光パターンが大きく変わり得ます。例えば、ダークマターが太陽の数十倍の質量のブラックホールから構成されているという説は、2015年のブラックホール合体からの重力波発見に触発され盛んに研究がおこなわれていますが、もしすべてのダークマターが太陽の数十倍の質量のブラックホールから成っていた場合観測されたイカロスの増光パターンを説明できないため、そのような説を棄却することができました。このイカロスを利用したダークマターに関する研究については大栗真宗氏を中心に執筆された別の理論論文 (M. Oguri et al. 2018, Phys. Rev. D, 97, 023518) で詳しい解析がなされています。
 

近い将来、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 (注4) と呼ばれるハッブル宇宙望遠鏡より感度の高い望遠鏡が始動する予定ですが、ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による銀河団の観測によってイカロスのような単独の星の増光現象がさらに多数観測されると考えられます。それにより、遠方の銀河を構成する星の研究やダークマターの研究がより一層進展するものと期待されます。 
 

本研究成果リリース詳細につきましては、 東京大学大学院理学系研究科のプレスリリース をご覧ください。


3.  発表雑誌:
雑誌名: Nature Astronomy 
論文タイトル: Extreme magnification of an individual star at redshift 1.5 by 
a galaxy-cluster lens
著者: P. L. Kelly, J. M. Diego, S. Rodney, N. Kaiser, T. Broadhurst, A. Zitrin, T. Treu, P. G. Perez-Gonzalez, T. Morishita, M. Jauzac, J. Selsing, M. Oguri, L. Pueyo, T. W. Ross, A. V. Filippenko, N. Smith, J. Hjorth, S. B. Cenko, X. Wang, D. A. Howell, J. Richard, B. L. Frye, S. W. Jha, R. J. Foley, C. Norman, M. Bradac, W. Zheng, G. Brammer, A. M.. Benito, A. Cava, L. Christensen, S. E. de Mink, O. Graur, C. Grillo, R. Kawamata, J.-P. Kneib, T. Matheson, C. McCully, M. Nonino, I. Perez-Fournon, A. G. Riess, P. Rosati, K. B. Schmidt, K. Sharon, B. J. Weiner
DOI番号:10.1038/s41550-018-0430-3 (2018年4月3日掲載)
論文URL (アブストラクト):https://www.nature.com/articles/s41550-018-0430-3


4.用語解説:
 (注1) ダークマター (暗黒物質)
さまざまな宇宙の観測からその存在が示唆されているが正体は依然として不明の物質。最新の観測によると、宇宙のエネルギー組成において、私たちが認識する通常の物質の5倍以上をダークマターが占める見積もられている。 

 (注2) 銀河団
銀河が100個から1000個集まった巨大な天体。太陽の1000兆倍の質量に相当する大量のダークマターが付随しており、ダークマターの強い重力によって銀河が集まっている。

 (注3) ハッブル宇宙望遠鏡
1990年にNASAによって打ち上げられ、現在まで宇宙空間で天体観測を行っている口径2.4メートルの宇宙望遠鏡。地球の大気に邪魔されないために、高感度かつ高分解能の天体観測が可能となっている。

 (注4) ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡
2020年に NASA により打ち上げが予定されている、ハッブル宇宙望遠鏡の後継望遠鏡。口径6.5メートルとハッブル宇宙望遠鏡より大きな鏡を搭載しており、より高感度かつ高分解能の天体観測が可能である。