人工知能 (AI) が可能にする宇宙のシミュレーション

2019年8月28日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
 

1. 発表概要
米国カーネギーメロン大学等に所属する Siyu He 氏が率いる米国、カナダ、日本の国際研究チームは、人工知能技術を駆使して、宇宙の複雑な3次元シミュレーションのモデルを作り上げることに初めて成功したと発表しました。この国際研究チームには、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) の Li Yin 特任研究員も参加しています。従来の解析計算や数値シミュレーションといった宇宙のモデル作成の手法に対して、研究グループの発表した人工知能によるモデル作成手法は、正確性と効率の両面での改善を図ることができました。本研究成果は、米国科学アカデミー発行の学術誌である米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America; PNAS) に2019年6月24日付で公開されました。

2. 発表内容
研究者達は、宇宙の観測を再現できるような理論模型を作ることで、宇宙を理解しようとしてきました。コンピューターの登場後には、数値シミュレーションで複雑な宇宙現象をシミュレーションできるようになりました。宇宙が生まれたばかりのとき (ビックバン後) は、宇宙のなかの物質 (例えばダークマター) の分布はほぼ一様でした。宇宙年齢とともに、膨張宇宙における物質のあいだの重力の相互作用により、物質分布が濃かった領域はどんどん濃くなり、一方で薄い領域はどんどん薄くなり、結果として現在の宇宙で観測される「宇宙の網目状構造」(コスミックウェブ) と呼ばれる宇宙の大規模構造を形成してきたと考えられています。研究者らは、解析的手法、あるいはコンピューターによるシミュレーション法などの様々な方法で、この宇宙の構造形成の過程を調べてきました。解析的手法は計算速度は速いのですが、物質が密集する物質密度の高い領域(銀河が形成される領域)は非線形な物理過程のために正確に予言することはできません。一方で、数値的手法 (N体シミュレーション) は、構造形成を正確に再現しますが、スーパーコンピュータを用いても何億兆個もの粒子の運動を追跡するには非常に多くの計算時間を要します。このように、宇宙の理論モデルを作る際に、研究者らは正確性と効率性のあいだのジレンマに悩まされています。しかしながら、観測データの質の向上とデータ量の爆発的な増大により、正確性と効率の両面で優れた手法が求められています。
 

Kavli IPMU の Li Yin 特任研究員も参加する国際研究チームは、機械学習に着目しました。機械学習はパターンを見つけたり、予測を立てるといったことに用いる最先端の手法です。例えば、機械学習がある人の若い頃の顔写真から年老いたときの顔画像を予測するように、研究チームは、宇宙初期の物質分布の画像データ (正確には質量密度の空間分布) から、宇宙がどのように進化するかを予測できるか?という問題を調べました。研究チームは、立方何兆光年もの体積 (1辺の長さが数億光年) もの巨大なシミュレーションデータを「ニューラルネットワーク」と呼ばれる手法で学習することで、宇宙の構造形成過程を瞬時に模倣できる深層学習モデルを作ることに成功しました。新しいモデルは、既存の解析手法より何倍も正確であるだけでなく、学習に使った数値シミュレーションより圧倒的に効率的です (瞬時に計算が可能です)。つまり、新たな手法は、解析的手法と数値シミュレーション両者の利点を兼ね備えているのです。
 

本研究に関して Li Yin 特任研究員は、「人工知能の手法を用いれば、今回の研究はさらに改善できると思います。今回の研究では、最初のステップとして、宇宙の構造形成ではよく用いられる N体シミュレーションに機械学習を適用し、宇宙の構造形成を瞬時に計算する手法を開発しました。銀河の形成・進化などのより複雑な物理現象を正確に計算するシミュレーションはさらに計算時間がかかりますが、機械学習、人工知能を駆使することで、同様に瞬時に理論予言を計算する手法が開発できると思います。これが可能になれば、宇宙の構造形成の研究に革命的な発展をもたらすことができると期待しています。この手法により、宇宙の構造形成の物理過程を解明することだけでなく、宇宙の始まりの初期条件を復元できることも不可能ではないと思います。」と述べています。
 

本研究成果は、米国科学アカデミー発行の学術誌である米国科学アカデミー紀要 (Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America; PNAS) に2019年6月24日付で公開されました。

 

3. 発表雑誌
雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America (PNAS)
論文タイトル:Learning to predict the cosmological structure formation
著者: Siyu He (a,b,c), Yin Li (d,e,f), Yu Feng (d,e), Shirley Ho (a,b,c,d,e), Siamak Ravanbakhsh (g), Wei Chen (c), and Barnabás Póczos (h)
著者所属:
a Department of Physics, Carnegie Mellon University, Pittsburgh, PA 15213
b McWilliams Center for Cosmology, Carnegie Mellon University, Pittsburgh, PA 15213
c Center for Computational Astrophysics, Flatiron Institute, New York, NY 10010
d Berkeley Center for Cosmological Physics, University of California, Berkeley, CA 94720; 
e Physics Division, Lawrence Berkeley National Laboratory, Berkeley, CA 94720; 
f Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe, University of Tokyo Institutes for Advanced Study, The University of Tokyo, Chiba 277-8583, Japan; 
g Computer Science Department, University of British Columbia, Vancouver, BC V6T1Z4, Canada; 
h Machine Learning Department, Carnegie Mellon University, Pittsburgh, PA 15213

DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.1821458116 (2019年6月24日掲載)
論文のアブストラクト(PNAS のページ)
プレプリント (arXiv.orgのウェブページ)

 

4.問い合せ先
(研究内容について)
Li Yin (李 寅, リー・イン) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員
TEL:04-7136-6545 E-mail: yin.li_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道対応)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
E-mail: press_at_ipmu.jp TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください