超高エネルギーガンマ線で世界最高の空間分解能を達成 〜宇宙の標準光源「かに星雲」のサイズを超高エネルギーガンマ線で測定〜

2019年11月15日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の高橋忠幸 (たかはし ただゆき) 主任研究者が日本代表の一人を務める国際共同実験プロジェクトH.E.S.S.チームが、西暦1054年に観測された超新星爆発の名残である「かに星雲」が放つ超高エネルギーガンマ線の空間的広がりの測定に、世界で初めて成功しました。データサイエンス技術を極限まで追求することで、超高エネルギーガンマ線の大きさの測定がはじめて実現し、その結果、星雲内部の高エネルギー粒子の振る舞いを正確に記述することが可能になりました。今回の研究成果からは、「宇宙線」と呼ばれる高エネルギー粒子が天体内でどのように生成され伝搬するのか理解が深まると期待されています。

本研究成果は、2019年10月28日発行の英国科学雑誌「Nature Astronomy」 に掲載されました。
 

2. 発表内容
「かに星雲」(注1) は、牡牛座にある超新星残骸で、地球から約7000光年に位置しています。M1 (メシエ・カタログの第1番目) としても有名で、源となった超新星爆発は1054年に出現したことが鎌倉時代の文献『明月記』(鎌倉時代・藤原定家) に残されているなどよく知られた天体です。「かに星雲」のサイズは光の波長によって異なり、その違いは「かに星雲」における高エネルギー粒子の生成メカニズや磁場構造を反映しています。特に、本研究で観測に用いた「超高エネルギーガンマ線」は、観測可能な光のうちでも最も波長が短い光であり、宇宙からの飛来を初めて確認できたのが1989年と宇宙観測では最も新しい光の窓になります。そのため、従来の観測装置の性能では、「かに星雲」からの超高エネルギー放射は中心のごく一部から発しているか、あるいは星雲内で大きく広がった領域が光っているか判別できず、放射の過程には多くの謎が残されていました。

 

本研究では、アフリカ南西部のナミビアの位置する「H.E.S.S.望遠鏡群」(注2) を用いて超高エネルギーガンマ線を観測しました。H.E.S.S.望遠鏡群は「大気チェレンコフ望遠鏡」と呼ばれ、超高エネルギーガンマ線が地球大気に入射した際に発する「チェレンコフ光」を捉えて間接的にガンマ線を観測する望遠鏡です。地球大気を大きな検出器として利用しており、観測されたガンマ線の到来方向やエネルギーを決定するためには、地球大気を記述したモデルが必要となります。しかし、大気の構造は複雑で時々刻々と変化してしまい、実際の観測時の条件に合った正確な大気モデルを構築することは容易ではなく、大気のおおよそな状態を記述した代表的なモデルを用意するのが限界でした。
 


今回 H.E.S.S.チームは、近年飛躍的に向上した計算機性能を生かしてより詳細に大気の状態を記述し、実際の観測条件を正確に反映した新たなシミュレーションデータを構築することができました。そのためにチェレンコフ望遠鏡の新しい解析方法が導入可能となり、ガンマ線の到来方向の誤差を従来の約半分にまで減少させ、かに星雲からの超高エネルギーガンマ線放射は一点のごく小さな領域からではなく、空間的な広がりを持っていることを突き止めました。
 

その広がりの大きさは、X線で観測される姿よりは大きい一方で、紫外線で見る姿よりは小さいことが明らかになりました。超高エネルギーガンマ線の放射過程は「逆コンプトン散乱」であることが通説ではありますが、確固たる観測的証拠は乏しいのが現状です。今回の結果は、高エネルギー電子が星雲内の終端衝撃波で生成され内部を拡散していくモデルに基づくと、紫外線、X線そして今回新たに観測されたガンマ線の明るさと空間的な広がりが説明可能となるもので、ガンマ線の起源が逆コンプトン散乱であることを強く支持する証拠といえます。今後、望遠鏡の性能向上により得られる天体の空間的情報を生かして、謎の多い宇宙の超高エネルギー粒子「宇宙線」が天体内でどのように生成・伝搬して光を放射するのか、その理解がより深まると期待されています。

本研究成果に関する詳細は、立教大学のプレスリリース記事をご覧ください。

3. 発表雑誌
雑誌名: Nature Astronomy
論文タイトル:Resolving the Crab pulsar wind nebula at teraelectronvolt energies. 
著者:Abdalla, H., et al. (H.E.S.S. Collaboration)
論文URL (アブストラクト):https://www.nature.com/articles/s41550-019-0910-0
DOI番号:https://doi.org/10.1038/s41550-019-0910-0 (2019年10月28日掲載)
 

4. 問い合わせ先
(報道対応)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
E-mail: press_at_ipmu.jp TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください
 

5. 用語解説
注1) かに星雲
中心には中性子星が高速で回転して短時間の周期的な放射を示す「パルサー」が存在している大変興味深い天体です。また、全てのエネルギー帯で明るく輝いています。そのため宇宙物理学で最も盛んに研究されている天体の一つであり「標準光源天体」とも呼ばれています。一方、高エネルギーガンマ線では明るさが何倍も変化する現象が近年新たに発見され、高橋主任研究者のグループでは、この天体からのX線やガンマ線の放射及び偏光についての研究も行っています。

注2) H.E.S.S.望遠鏡群
H.E.S.S.望遠鏡群は、1912年に宇宙線を発見し1936年ノーベル賞を受賞した Victor Franz Hess (ヴィクトール・フランツ・ヘス) にちなんで名付けられ、アフリカ南西部のナミビアの約1800mの高地に設置され、2002年から国際コラボレーションにて運用されています。主鏡口径12mのチェレンコフ望遠鏡4台で構成される「望遠鏡群」で、数十ギガ電子ボルトから数十テラ電子ボルトまでの「超高エネルギーガンマ線」を測定可能です。2012年には、中央に主鏡口径28mを有する世界最大のチェレンコフ望遠鏡も加わりました。ヨーロッパ諸国や日本を含んだ13カ国から260人以上の科学者が参加する国際共同研究プロジェクトであり、日本からは東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構や立教大学が参画しています。


関連リンク
2019年11月15日 
超高エネルギーガンマ線で世界最高の空間分解能を達成〜宇宙の標準光源「かに星雲」のサイズを超高エネルギーガンマ線で測定〜 (立教大学のプレスリリース)


高橋忠幸研究室ウェブページ