特殊な幾何的対象と「数」概念の拡張から立ち現れる、整数論と超弦理論との関連

2020年3月2日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
 

1. 発表概要 
従来より、数論幾何の分野では、有理数のみを係数にもつ方程式で与えられた一群の幾何的対象につき、対応するモジュラー形式が存在することが知られてきました。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の渡利 泰山(わたり・たいざん)准教授と Kavli IPMU 客員科学研究員を兼ねる中東工科大学 (Middle East Technical University Northern Cyprus Campus) の近藤智 (こんどう・さとし) 氏は、そのモジュラー形式が何者なのか?という問いに取り組み、虚数乗法のある楕円曲線というクラスの幾何的対象の場合に、そのモジュラー形式が超弦理論でその楕円曲線を対象空間とする場合の観測可能量として表されることを発見しました。本研究は、2010年に近藤氏が Kavli IPMU 特任助教として在籍中に行った Kavli IPMU コロキウムに端を発した研究で、数論幾何を専門とする数学者の近藤氏と素粒子物理理論を専門とする物理学者の渡利准教授の共同研究によって得られた成果です。本研究成果は、数理物理専門学術誌の Communications in Mathematical Physics のオンライン版に2019年2月22日に掲載されました。

2. 発表内容
整数や有理数といった数の概念は、実数や複素数へと一気に拡大することもできますが、有理数を係数とする多項式の根 (たとえば√2や√3 など) に相当する「数」を少しずつ加えて、「数」の概念を拡張していくこともできます (図1)。そういった「数」の概念がどのように拡張されていくかを精細に理解しようとする試みは、整数論の重要なテーマのひとつとされています (注:つまり絶対ガロア群の表現論のこと 「数」とは代数的数のことです)。

その問題へ取り組む一端として、次のようなアイディアが数十年前から考えられてきました。幾何的対象をそういった「数」を用いた方程式で指定し、その幾何的対象の中でそのような「数」に値をもつ点の集合を考えます。すると「数」の概念を拡張するごとに点が増えてきて、それらの点の増え方で「数」概念の拡張ぶりを調べることができると言うものです (図2)。そして、その情報が詰め込まれた関数がモジュラー形式と呼ばれる特別な性質をもつ関数に必ずなるのではないか、という予想がラングランズ対応という名で知られています。モジュラー形式とは、ある操作の下で変更を受けないという特殊な性質をもつ"関数"です (注: 「その情報が詰め込まれた関数」とは専門用語では「L-関数の逆メラン変換」に相当します)。

こういった一連の整数論からの議論では、なぜそのような「ある操作」を「その情報が詰め込まれた関数」に対してそもそも考える必然性があるのか、といった外在的な質問を問うことは珍しく、ただ、そのような現象が「成立しているか」、「正しいか」、と言ったことのみを問うのが通例です。しかし、素粒子物理理論を専門とする物理学者の Kavli IPMU の渡利泰山准教授と数論幾何を専門とする数学者の中東工科大学 (Middle East Technical University Northern Cyprus Campus) の近藤智氏の今回の共同研究では、「ある操作」の下での不変性が何に由来するのかを問おうとしました。

超弦理論においては、ある種の観測可能量 (a) は「ある操作」のもとでかならず不変 (x) であることが知られています。その「ある操作」の下での不変性は、超弦理論の理論構成上必須の性質なのです。そこで、本研究では、幾何的対象によって定まる、「数」の概念の拡張ぶりを表す関数が (b) 、超弦理論で当該幾何的対象を扱ったときの特定の観測可能量 (a) によって表されることを示しました。この結果、超弦理論の観点からは、「数」の概念の拡張ぶりを表す「情報が詰まった関数」(b) は当然「ある操作」の下で不変である (x) はずだということが分かります (図3を参照)。


本研究より得られた上記の指摘は、虚数乗法のある楕円曲線という特殊なクラスの幾何的対象においてのみ示されたものです。そのため、より一般の幾何的対象に付随するモジュラー形式である (x) かもしれない「数」概念の拡張を表す関数 (b) が、常に超弦理論の観測可能量 (a) として理解できるか否か、よりひろくは超弦理論による視点が数論幾何において有用もしくは重要であるか否かについては、現時点では不明であり、今後の研究の進展が待たれます。

3. 発表雑誌
雑誌名:Communications in Mathematical Physics, 367 (2019) pp.89--126.
論文タイトル:String-theory realization of modular forms for elliptic curves with complex multiplication
著者: Satoshi Kondo (1) Taizan Watari (2) 
著者所属: 
1 Middle East Technical University, Northern Cyprus Campus, Kalkanli, Mersin 10, Turkey 
2 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the UniverseUniversity of Tokyo, Kashiwa, Japan 

DOI:https://doi.org/10.1007/s00220-019-03302-0 (2019年2月22日オンライン版掲載, 誌面版は2019年4月号掲載) 
論文のアブストラクト(Communications in Mathematical Physicsのページ) 
プレプリント (arXiv.orgのウェブページ) 
 

4. 問い合わせ先
(研究内容について)
渡利 泰山(わたり・たいざん) 
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 准教授
TEL:04-7136-6543
E-mail: taizan.watari_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください 
 
近藤 智 (こんどう・さとし) 
中東工科大学 (Middle East Technical University Northern Cyprus Campus)/東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 客員科学研究員 
E-mail: skondo_at_metu.edu.tr 
*_at_を@に変更してください 
 
(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森真里奈 
TEL: 04-7136-5977
E-mail:press_at_ipmu.jp 
*_at_を@に変更してください