ダークマターは「密」になりたがる!? 宇宙一小さな銀河たちから導かれるダークマター理論への制限

2021年1月25日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
ダークマターとはいったい何者なのか?様々な観測から私たちの宇宙はダークマターという物質に支配されていることがわかっていますが,その正体は未だ謎のままです.この未知の物質に対して数多くの理論が立てられています.東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の白井智 (しらい さとし) 特任助教や Kavli IPMU 科学研究員を兼ねる東京大学宇宙線研究所の伊部昌宏 (いべ まさひろ) 准教授も参加し, 東北大学大学院理学研究科の林航平 (はやし こうへい) 特任助教 (2016年4月から2016年9月まで Kavli IPMU 特任研究員として在籍) を中心とした東北大学, Kavli IPMU, 宇宙線研究所の研究者からなる研究グループは,宇宙で最も小さく暗い銀河の星の運動から,ダークマターの有力候補である「自己相互作用するダークマター」に対してダークマターが散乱する強さを調べました.その結果,ダークマターの散乱は非常に弱く,密になりやすいことがわかりました.本研究の成果はアメリカ物理学会の発行する学会誌,フィジカル・レビュー D (Physical Review D) に2021年1月20日(米国東部時間)にオンライン掲載されました.
 

2. 発表内容
様々な宇宙の観測から,私たちの住む宇宙はダークマターと呼ばれる物質に支配されていることがわかっています.しかし,ダークマターがどのような物質でどのような性質を持つのか,その正体は未だ謎のままです.ダークマターの正体を解明するため,素粒子物理学から天文学まで学問の垣根を超えて,理論と実験の両側面から精力的に研究が進められています.

理論研究ではダークマターに対して多種多様なモデルが提唱されています.「自己相互作用するダークマター」理論は,ダークマターの有力候補の一つとして注目されています.ダークマターは一般的に銀河の中心に多く分布していますが,この理論はダークマターどうしが散乱しあうことで,銀河の中心部でダークマターがあまり「密」にならない性質があります.この密にならない分布が,矮小銀河から期待されるダークマター分布(図1) を上手く説明できるとされています.しかしこのような銀河では,星がその一生を終える時に起きる大爆発(超新星爆発)のエネルギーによって,密にならないダークマター分布を作ることができるというシミュレーションの結果があります.つまり密にならないダークマター分布の原因が,ダークマター自身の性質に依るものなのか,それとも超新星爆発のエネルギーに依るものなのかを区別するのが非常に困難です.そこで注目したのが,宇宙で一番小さく暗い銀河である超低輝度矮小銀河 (※注) です.この銀河は星が非常に少ないため,この銀河のダークマター分布は超新星爆発のエネルギーの影響を受けておらず,本来のダークマター分布を調べるのに最適な天体です.

東北大学理学研究科の林航平特任助教,東京大学宇宙線研究所の伊部昌宏准教授,小林伸氏,中山悠平氏,東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の白井智特任助教から成る研究グループは,この宇宙一小さい銀河の星の運動情報から,自己相互作用するダークマターに対してダークマターどうしの散乱の強さを調べました.その結果,散乱の強さは非常に低く,ダークマターは散乱しにくいことを示しました.つまりダークマターは銀河中心で「密」になりやすい性質を持つことがわかりました.図2は、ダークマターどうしの散乱の強さに対してダークマター間の平均相対速度をプロットしています.超低輝度矮小銀河の Segue1 は散乱の強さがとても小さく,密なダークマター分布を好むことが示唆されます.さらにこの散乱の強さは,現在の自己相互作用するダークマター理論では説明できない程小さく,この理論の問題点を示しました. 

本研究によって,超低輝度矮小銀河の星の運動を詳細に調べることは,ダークマター理論に対して有効な制限を与えられることを示しました.今後,この銀河のさらなる天文観測によって様々なダークマター理論に対して厳しい制限をかけることが可能になるかもしれません.現在計画が進められている,すばる望遠鏡に搭載予定の超広視野多天体分光器PFS (Prime Focus Spectrograph) は,一度の観測で数多くの星の運動を分光観測することができ,ダークマターがどのように分布しているのか,その詳細を調べることが可能になります.PFS によって,ダークマターへの理解が一段と進むことが期待されます.
 

本研究成果につきましては、東北大学のプレスリリース記事のページ も併せてご覧ください。


3. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review D
論文タイトル: Probing Dark Matter Self-interaction with Ultra-faint Dwarf Galaxies
著者: Kohei Hayashi (1), Masahiro Ibe (2,3), Shin Kobayashi (2), Yuhei Nakayama (2), Satoshi Shirai (3)

著者所属:
1. Astronomical Institute, Tohoku University, Sendai, Miyagi 980-8578, Japan
2. ICRR, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8582, Japan
3. Kavli IPMU (WPI), UTIAS, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan

DOI: 10.1103/PhysRevD.103.023017 (2021年1月20日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review D のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)

 

4. 用語説明
(※注) 矮小銀河
数十億個以下の恒星から成る小さな銀河.数千億個の恒星から作られている銀河系と比べても,その規模は非常に小さいことがわかる.この銀河は大量のダークマターを含んでおり,この星の運動はダークマターが作り出す重力に支配されていると考えられている.超低輝度矮小銀河は矮小銀河の中でも,恒星の数が数十万個以下と非常に少ないのが特徴である.


5. 問い合わせ先
(研究内容について)
東北大学 大学院理学研究科 天文学専攻
特任助教 林 航平(はやし こうへい)
電話:022-795-6607
E-mail:k.hayasi_at_astr.tohoku.ac.jp
*_at_を@に変更してください

東京大学 宇宙線研究所
准教授 伊部 昌宏(いべ まさひろ)
E-mail:ibe_at_icrr.u-tokyo.ac.jp
*_at_を@に変更してください

東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構
特任助教 白井 智(しらい さとし)
E-mail:satoshi.shirai_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東北大学 大学院理学研究科
広報・アウトリーチ支援室
電話:022-795-6708
E-mail:sci-pr_at_mail.sci.tohoku.ac.jp
*_at_を@に変更してください

東京大学 宇宙線研究所
広報 中村 牧生
E-mail:m3nakamu_at_icrr.u-tokyo.ac.jp
*_at_を@に変更してください

東京大学 国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構
広報担当 小森 真里奈
電話:04-7136-5977
E-mail:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください