太陽質量ブラックホールの起源を探る手法の確立とダークマターとの関係

2021年3月5日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Volodymyr Takhistov (ウラジーミル・タキストフ)  特任研究員/Kavli IPMU フェローが主導し、カリフォルニア大学サンディエゴ校やカリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究者も参加する国際共同研究チームは、従来の恒星の進化や天体物理学の理論では形成ができない太陽質量程度のブラックホールの起源を調べる新たな手法を提案しました。大質量星(太陽質量で約20倍以上の質量)の終焉である超新星爆発の残骸として形成されるブラックホールの形成シナリオでは、太陽質量程度のブラックホールは作れません。一方、熱いビックバン宇宙の宇宙初期に形成された太陽質量程度の「原始ブラックホール」そのもの、あるいは太陽質量より軽い原始ブラックホールが中性子星を飲み込み、中性子星をブラックホールに「変身」させることで太陽質量程度のブラックホールを形成するシナリオが考えられていました。研究グループは、中性子星が変身することで形成される太陽質量ブラックホールの場合には、元の中性子星と同じ質量分布を持つことを指摘しました。今回の手法を用いることで、ブラックホールの質量に基づき、どのような成り立ちから出来た太陽質量程度のブラックホールなのかを区別できることを示しました。近年、米国の LIGO をはじめとする重力波望遠鏡で太陽質量程度のブラックホールの存在を示唆する事象が複数観測されており、今後の観測データにおいて本研究グループの手法を用いることで、太陽質量程度のブラックホールがどのように出来たのかという起源の特定に繋がると期待されます。本研究成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) のオンライン版に2021年2月16日付で掲載されました。
 

2. 発表内容
米国の重力波望遠鏡 LIGO は、ブラックホールの合体で生じた重力波を2015年に世界で初めて直接検出し、「LIGO 検出器への決定的な貢献と重力波の観測」の業績によりマサチューセッツ工科大学の Rainer Weiss (レイナー・ワイス) 氏、カリフォルニア工科大学の Barry Barish (バリー・バリッシュ) 氏と Kip S. Thorne  (キップ・ソーン) 氏の3名が2017年にノーベル物理学賞を受賞しています。その後現在に至るまで、LIGO や欧州を中心とする VIRGO などによって、ブラックホール合体や中性子星合体によるものなど重力波事象が数多く観測されています。一方、ブラックホールの研究に関してはオックスフォード大学の Roger Penrose (ロジャー・ペンローズ) 氏、マックス・プランク地球外物理学研究所の Reinhard Genzel (ラインハルト・ゲンツェル) 氏、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の Andrea Ghez (アンドレア・ゲズ) 氏の3名に2020年ノーベル物理学賞が授与されています。ブラックホールは宇宙で最も謎に包まれた、同時に好奇心を揺さぶる天体であり、ブラックホールの起源を理解することは、物理学の中心的な課題の一つとして位置付けられています。

2020年6月に LIGO と VIRGO は、2019年8月に観測した GW190814 の重力波事象の結果を発表しました (Astrophysical Journal Letters 896(2020)2、L44で報告されています)。この事象は、太陽の23倍の質量を持つブラックホールと太陽の2.6倍の質量を持つ天体の合体事象によるものですが、2.6太陽質量の天体に関しては低質量ブラックホールもしくは比較的重い質量の中性子星であると考えられています。しかしながら、中性子星の場合にその合体時に発する電磁波は観測されていないことから、2.6太陽質量の天体はブラックホールである可能性が指摘されています。

しかし、太陽質量の約20倍以上の大質量星の超新星爆発の残骸として形成される、通常のブラックホールは、小さくても太陽質量の5倍程度はあり、GW190814 で指摘されるような2.6太陽質量程度のブラックホールは形成できません。つまり、従来の恒星の進化や天体物理の理論では GW190814 のブラックホールは説明ができず、特に興味深いものです。このようなブラックホールは、熱いビックバン宇宙の宇宙初期に形成された太陽質量程度の「原始ブラックホール」そのもの、あるいは下に述べるように宇宙に存在する、もともと太陽質量程度の中性子星が「変身」して形成されたブラックホール、という2つのシナリオが考えられます。原始ブラックホールとは、1970年代前後に Yakov Zeldovich (ヤーコフ・ゼルドヴィッチ) 氏や Igor Novikov (イゴール・ノヴィコフ) 氏、Stephen Hawking (スティーブン・ホーキング) 氏らによって存在が提唱され、天体爆発起源の通常のブラックホールとは異なるものです。この原始ブラックホールについては、私たちの宇宙の物質の約85%を占めるとされる未知の物質「ダークマター」の候補の一つである可能性が指摘されており、近年大きな注目を集めています。一方、中性子星が変化して太陽質量程度のブラックホールになるには次の2つの可能性が考えられています。1つ目は、太陽質量より圧倒的に軽い原始ブラックホールが宇宙に存在する中性子星に衝突し、飲み込み、中性子星をブラックホールに変身させたというシナリオです。このシナリオでは、もともと太陽質量程度の中性子星と同じ質量のブラックホールを作ることができます。2つ目は、素粒子的なダークマターが重力の強い中性子星に降り積もり、大きくなった重力で中性子星が潰れ、ブラックホールに変身したというシナリオです。 (参考1)。

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Volodymyr Takhistov (ウラジーミル・タキストフ)  特任研究員/Kavli IPMU フェローが主導し、カリフォルニア大学サンディエゴ校天体物理及び宇宙科学研究センターの George M. Fuller 所長、Kavli IPMU 客員上級科学研究員を兼ねるカリフォルニア大学ロサンゼルス校の Alexander Kusenko 教授も参加する国際研究チームは、太陽質量程度のブラックホールの起源を探るための決定的な新たな調査手法を提案しました。

中性子星は、太陽質量の約8倍から20倍以内の恒星の超新星爆発の残骸で形成されると考えられており、その質量分布は観測的、理論的に良く理解されています。本研究によれば、ダークマター (質量の軽い原始ブラックホールもしくは素粒子的ダークマターがダークマターである場合) によって、宇宙に存在する中性子星を変身させ、太陽質量程度のブラックホールを形成した場合には、そのブラックホールは元の中性子星と同じ質量分布を持つ必要があります (図1参照)。中性子星の質量分布は約1.5太陽質量にピークが見られるため、より重い質量の太陽質量程度のブラックホールの起源に関しては、ダークマターにより中性子星を変身させるシナリオが起こった可能性が低いことが分かりました。これは、LIGO などにより検出された重力波事象において、実際に2.6太陽質量のブラックホールが関係している場合、そのブラックホールの起源については初期宇宙で作られた原始ブラックホールそのものである可能性があり、天文学分野へ劇的な影響を及ぼし得ます。研究グループは、今後の観測事象データに対しても今回の手法を用いることで、太陽質量程度のブラックホールがどのように出来たかという起源の特定に繋げようとしています。
 

(参考1) 同研究グループは2017年発表の下記の別論文において、中性子星が原始ブラックホールを蓄積させていくことでも最終的に中性子星の爆発が起きることを指摘している。原始ブラックホールによる中性子星の破壊現象が、金やウランなど重い元素の起源や天の川銀河中心からの511keV ガンマ線の過剰放出といった、長年にわたる天文学における謎を解く鍵になる可能性を示している。
George M. Fuller, Alexander Kusenko, and Volodymyr Takhistov 
"Primordial Black Holes and r-Process Nucleosynthesis"
Physical Review Letters 119 (2017) 6, 061101. https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.119.061101.

 

3. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル: Test for the Origin of Solar Mass Black Holes 
著者: Volodymyr Takhistov (1,2), George M. Fuller (3,4), Alexander Kusenko (2,1)
著者所属:
1. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (KAVLI IPMU, WPI), The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
2. Department of Physics and Astronomy, University of California, Los Angeles, Los Angeles, California 90095-1547, USA
3. Department of Physics, University of California, San Diego, La Jolla, California 92093-0319, USA
4. Center for Astrophysics and Space Sciences, University of California, San Diego, La Jolla, California 92093-0424, USA

DOI: 10.1103/PhysRevLett.126.071101 (2021年2月16日掲載)
論文のアブストラクト (Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)
 

4. 問い合わせ先
(研究内容について)
Volodymyr Takhistov (ウラジーミル・タキストフ) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 特任研究員/Kavli IPMUフェロー
E-mail: volodymyr.takhistov_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

George M. Fuller(ジョージ・マイケル・フラー)[英語での対応]
カリフォルニア大学サンディエゴ校 天体物理及び宇宙科学研究センター 所長
Email: gfuller_at_physics.ucsd.edu
*_at_を@に変更してください

Alexander Kusenko (アレクサンダー・クセンコ)[英語での対応]
カリフォルニア大学ロサンゼルス校 教授
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 客員上級科学研究員
Email: kusenko_at_ucla.edu
*_at_を@に変更してください
 

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press_at_ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください