超短パルスレーザー加工技術で作製した蛾の目構造を世界で初めて電波望遠鏡に実装 - 宇宙マイクロ波観測装置の感度向上に貢献へ -

2022年1月27日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)
 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) で大学院生として研究を行ってきた東京大学大学院理学系研究科の高久諒太 (たかく りょうた) 氏、Kavli IPMUの松村知岳 (まつむら ともたけ) 准教授と米国ミネソタ大学の Shaul Hanany 教授を中心とする国際研究チームは、東京大学大学院理学系研究科および東京大学物性研究所で開発された超短パルスレーザー加工システムを用いることによって、世界で初めて、電波望遠鏡に実装可能な大面積モスアイ (蛾の目) 反射防止構造を有する赤外線吸収フィルターの開発に成功しました。研究チームは、開発した赤外線吸収フィルターを米国ウェストバージニア州にある電波望遠鏡の Green Bank (グリーンバンク) 望遠鏡の MUSTANG2 レシーバーに対して提供し、搭載されました。これにより、熱源となる大気や望遠鏡自体からの赤外線放射を抑えながら、ミリ波帯域の光の信号を高感度で捉えて継続的な観測が可能となりました。今回の開発成功は、今後さらに大型の赤外線吸収フィルターが宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) の偏光観測装置に搭載される第一歩になると期待されます。

本研究成果は、米国光学会の発行する学術論文誌 Optics Express に2021年11月30日付で掲載されました。

 

2. 発表内容
【背景】
CMB 発見に対しては1978年に Arno Penzias (アーノ ペンジアス) 氏と Robert Wilson (ロバート ウィルソン) 氏に、CMB の詳細観測には 2006年にJohn Mather (ジョン マザー) 氏と George Smoot (ジョージ スムート) 氏に対してノーベル賞がそれぞれ授与されています。一方で、インフレーション仮説の検証においては、インフレーションで起きた原始重力波の痕跡が CMB に残されているとされており、世界中の研究者が CMB の偏光観測を行うことでインフレーション仮説実証の証拠を捉えようと熾烈な競争となっています。CMB は電波の中でもミリ波帯域で最大強度を持つ光 (約150 GHz前後) であり、その微弱な信号を捉えるべく精密な観測望遠鏡の開発も並行して日々行われています。

 
ミリ波望遠鏡で高感度を実現するためには、検出器はサブケルビン温度 (絶対零度−273 ℃よりも0.1〜0.3 ℃高い温度) に冷却し、また望遠鏡自体から発せられる熱放射を低減するため望遠鏡自身も液体ヘリウムや液体窒素温度程度に冷却する必要があります。つまり、検出器にはミリ波帯域信号は取り入れられるようにしながら、熱源となる赤外線の帯域の放射はカットしなければなりません。これにより、赤外放射をカットする赤外放射カットフィルターが重要な役割を果たします。近年、ミリ波を透過しながら赤外は吸収し、さらに吸収した熱を排熱するために最適な高熱伝導を持つアルミナがフィルター材料として注目されています。しかし、アルミナにはこうした利点がある一方で、アルミナのミリ波屈折率は3程度あり、反射防止加工を行わない場合には138億年かけて望遠鏡までやってきた CMB は50 %程度反射されてしまいます。一般的に反射を抑えるためにはフィルターやレンズなどの光学素子表面にコーティングを行うことで電磁波である光を打ち消す干渉を起こすことで反射を消すことができます。しかし、冷却するとコーティング材は頻繁に剥離するため再現性のある技術が確立できておらず世界的に挑戦的な課題として認識されてきました。
 
【今回の成果】
今回、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) で大学院生として研究を行ってきた東京大学大学院理学系研究科の高久諒太 (たかく りょうた) 氏、Kavli IPMU の松村知岳 (まつむら ともたけ) 准教授と米国ミネソタ大学の Shaul Hanany 教授を中心とする国際研究チームは、アルミナの反射を50倍減らす反射防止構造を作り出す新しい方法を考案しました。反射防止は真空中(空気中)と材料の中間の屈折率を持つコーティング層を準備することで低減することができます。研究チームが加工に挑んだのは、コーティング技術に代わる、蛾の目の表面にあるピラミッド状の突起物が並んだモスアイ (蛾の目) 反射防止機構です。見たい光の波長よりも小さいピラミッド構造の領域では、その光は真空中(空気中)の屈折率1と材料の屈折率の間の屈折率を作り出すことができます。これは表面を加工するだけであたかもコーティング層を作ったことと同じ効果を得ることができ、結果的に反射を抑えることができます。しかし、ミリ波帯域で求められる構造はサブミリメートル程度であり、機械加工で作るにはこの構造は小さすぎ、また微細加工ができ半導体加工等でも用いられているナノリソグラフィー技術で作るには、この構造は大きすぎます。つまり、既存技術では作製することが難しいサイズ領域の構造でした。
 

そのため研究チームは、超短パルスレーザーを用いた微細加工技術を用いてモスアイ構造を実現する開発を進めてきました。そして、東京大学大学院理学系研究科の五神真教授、湯本潤司教授、小西邦昭准教授および東京大学物性研究所の櫻井治之特任助教らとともに開発した、数兆分の1秒という超短パルス幅を持ち瞬間出力が100メガワットにも達する強力な超短パルスレーザーを光源とするレーザー加工システム使用して、非常に硬い材料であるアルミナを損傷なく適切に削り取り、表面に最適な反射防止形状であるモスアイ構造を成形することに成功しました。30 cm のアルミナ表面に1 mm 未満の間隔で 高さ1 mmのピラミッド構造が並びます。開発当初は数ヶ月から一年以上加工時間がかかっていましたが、レーザー光源の進歩による平均パワーの増大および短パルス化に加えて、ガルバノミラー及びステージの精密制御を同期させることで、微細加工の高速化、大面積化を実現しました。結果として、4日程度の加工時間で、アルミナディスクの両側にそれぞれ320,000個のピラミッドを作り出すことができました。これにより、透過率が75 GHzから105 GHzにて98%以上、また反射は1%以下になることを測定により確認しました。そして、このようにして加工されたアルミナ製の赤外線吸収フィルターは、CMB などの宇宙物理観測を目的とした米国の電波望遠鏡である Green Bank (グリーンバンク) 望遠鏡に搭載する MUSTANG 2 ミリ波レシーバーに対して提供されました(図1)。研究チームの成果は、高久諒太氏を主著者として米国光学会誌 Optics Express に投稿され掲載されました。これは微細レーザー加工によるモスアイ反射防止構造を有する大型赤外線吸収フィルターの開発に世界で初めて成功した事例であり、それが宇宙物理観測を目的とした望遠鏡装置に対して搭載する初めての事例でもあります。今回の開発成功は、今後さらにこのような加工を施した大型の赤外吸収フィルターをCMB偏光観測などに提供していく第一歩になると期待されます。
 

 
3. 論文情報
雑誌名:  Optics Express
論文タイトル: Large diameter millimeter-wave low-pass filter made of alumina with laser ablated anti-reflection coating
著者: RYOTA TAKAKU (1), QI WEN (2), SCOTT CRAY (2), MARK DEVLIN (3), SIMON DICKER (3), SHAUL HANANY (2), TAKASHI HASEBE (4), TERUHITO IIDA (5), NOBUHIKO KATAYAMA (4), KUNIAKI KONISHI (6), MAKOTO KUWATA-GONOKAMI (1,6), TOMOTAKE MATSUMURA (4), NORIKATSU MIO (1,6), HARUYUKI SAKURAI (7), YUKI SAKURAI (4), RYOHEI YAMADA (1), JUNJI YUMOTO (6)

著者所属:
1. Department of Physics, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan
2. School of Physics and Astronomy, University of Minnesota, 115 Union St. SE, Minneapolis, MN 55455, USA
3. University of Pennsylvania, 209 S. 33rd St, Philadelphia, PA 19104, USA
4. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwa-no-Ha, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
5. ispace, inc., 3-42-3 Nihonbashi-Hamacho, Chuo-ku, Tokyo, 103-0007, Japan
6. Institute for Photon Science and Technology, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan
7. Institute for Solid State Physics, The University of Tokyo, 5-1-5 Kashiwa-no-Ha, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan

DOI: 10.1364/OE.444848 (2021年11月30日掲載)
論文掲載 URL (Optics Express のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)

 
4. 問い合わせ先
(研究内容について)
松村 知岳 (まつむら ともたけ)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 准教授
E-mail: tomotake.matsumura_at_ipmu.jp
TEL: 04-7136-6513
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
E-mail:press_at_ipmu.jp
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください

 
関連リンク
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