宇宙線と素粒子加速器を組み合わせて磁気単極子の存在に新たな制限

2022年5月26日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

1. 発表概要
  東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)Volodymyr Takhistov(ウラジーミル・タキストフ)特任研究員/Kavli IPMUフェローをはじめ、カールスルーエ工科大学(KIT)理論素粒子物理学研究所(TTP)の井黒就平(いぐろ・しゅうへい)博士研究員、ケンタッキー大学物理学・天文学科のRyan Plestid(ライアン・プラスティッド)博士研究員からなる国際研究チームは、宇宙線と大気中の原子核との衝突による磁気単極子(モノポール)生成断面積(注1)を推定することにより、これまでの宇宙線観測と加速器実験でのモノポール探索(注2)の結果を直接比較することができるようにしました。その結果、モノポールの生成断面積について新たな制限を導き出すことに成功しました。宇宙線と大気中の原子核との衝突によるモノポール生成断面積の推定がモノポール探索の解析に使われたのはこの研究が初めてです。
  宇宙からふりそそぐ宇宙線(主に陽子)と大気中の原子核との衝突によるモノポールの生成は、宇宙論のモデルに関わらず、また地球上での全ての実験に共通しているものです。この研究では、これまでの RICE、AMANDA-II、SLIMなどの宇宙線中のモノポール探索の結果と、研究チームが計算した大気中でのモノポール生成断面積を組み合わせることにより、これらの探索の結果を加速器実験でのモノポール探索の結果と比較することができるようになりました。その結果、新たに陽子衝突によるモノポールの生成断面積は、質量(5TeV~100TeV)の範囲であると制限することに成功しました。
  本研究成果は、米国物理学会が発行する物理学専門誌フィジカル・レヴュー・レターズ(Physical Review Letters)に、5月17日付けで掲載されました。

2. 発表内容
【背景】
  磁石は、テレビやパソコン、子供のおもちゃなど、日常生活の中で幅広く使われており、誰にとっても身近な存在です。しかし、N極とS極からなるコンパスの針のように、どんな磁石でも半分に割ると、2つの小さなN極とS極からなる磁石にしかなりません。
  約150年前、物理学者のジェームズ・マックスウェルは、マックスウェル方程式と呼ばれる一連の方程式を生み出し、古典電磁気学を記述しました。この方程式は、電磁双対性と呼ばれる、電気と磁気を入れ替える対称性を持つことが知られています。この電磁双対性を電荷を持つ粒子に適用すると、その粒子はN極とS極の片方のみをもつ粒子になります。
その後、1931年に物理学者ポール・ディラックが量子化された磁荷を持つ「磁気単極子」(モノポール)(電子に似ているが磁気を帯びた粒子)の存在を提唱しましたが、実験ではまだ見つかっておらず、100年近く研究者たちの謎でした。
  一方、宇宙線と大気原子核との衝突は、すでに科学の発展において、特にニュートリノの性質の探査で中心的な役割を担ってきました。スーパーカミオカンデ実験による、ニュートリノが飛行中に姿を変え、別の種類のニュートリノとして観測される「ニュートリノ振動」と呼ばれる現象(これはニュートリノが僅かですが質量を持っていることを示唆しています)の発見は、Kavli IPMUシニアフェロー梶田隆章教授の2015年ノーベル物理学賞受賞につながりました。スーパーカミオカンデの結果に触発され、研究チームはモノポールの研究に着手しました。特に、従来の加速器でも生成可能な、電弱スケール(注3)程度の質量をもつ軽いモノポールに注目しました。研究チームはこのように軽いモノポールを対象とすることで、LHC加速器実験で行われているのと同様のシミュレーションを宇宙線と大気原子核との衝突現象に用い、軽いモノポールが地球上の観測装置に降り注ぐ強度を推定しました。このように大気との衝突で生成され地上に降り注ぐ軽いモノポールは、初期宇宙で生成され現在残っていると期待されるモノポールとは異なるもので、広い質量範囲にわたっています。
  研究チームは、過去の広範なモノポール探索のデータを、大気中の原子核との衝突で生成されるモノポールの観測結果として再解析することにより、これまでの加速器実験では到達できない質量範囲も含めた広い範囲で、モノポールの生成断面積についての上限を得ることができました。

【研究手法・成果】
  モノポールの長年の謎を明らかにするため、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) Volodymyr Takhistov(ウラジーミル・タキストフ)研究員をはじめ、カールスルーエ工科大学(KIT)理論素粒子物理学研究所(TTP)の井黒就平(いぐろ・しゅうへい)博士研究員、ケンタッキー大学物理学・天文学科のRyan Plestid(ライアン・プラスティッド)博士研究員からなる国際研究チームは、加速器物理学、ニュートリノ反応、宇宙線など、異なる分野の専門知識を結集し、地球上の実験装置に降り注ぐ軽いモノポールの強度を計算することに成功しました。
  これによって、これまで行われきた宇宙線観測でのモノポール探索の結果を、モノポールの生成断面積に対する制限と解釈する事が可能になり、更にその結果と、LHC実験で行われたモノポール探索実験の結果と直接比較することができるようになりました。この研究では、宇宙線観測実験の結果として、SLIM、AMANDA-II、RICEなどのグループの結果を使い、これまでのLHC実験で到達できないモノポールの質量領域(5TeV〜100TeV)において、衝突による生成断面積に対する新たな制限を得る事ができました。
  今回の成果のユニークな点は、宇宙線と大気中の原子核との衝突によるモノポール生成現象を、宇宙線中のモノポール探索の結果の解析に初めて応用した事です。

【波及効果、今後の予定】
  この研究は、モノポール探索に新しい視点を与えるもので、これまでの残存モノポール量に基づいた観測による制限と、加速器による直接探索による制限とを初めて結びつけるものです。そして、今後、地上の観測施設で行われるモノポール探索の解釈に有用な指標となることが期待されます。

3. 用語解説
  (注1)生成断面積
素粒子と素粒子が衝突し新たに素粒子が生成される反応が起こるとき、その反応の起こる確率を素粒子物理学では「生成断面積」と言う量で表します。これは、例えばボールを投げて壁に描かれた標的に当てる時、的の大きさ(面積)が大きいほど、ボールが的にぶつかる確率が高くなるのと同じです。宇宙線(陽子)と大気中の原子核(陽子と中性子の集合)が衝突しモノポールが生成されると考えた場合に、その反応の「生成断面積」が大きければモノポールがたくさん生成されることになり、逆に小さいと少ししか生成されません。しかし、大気中でこのような反応が起きていたとしても、残念ながら現在、地上の観測装置ではモノポールが観測されていないので、その様な大気での宇宙線と原子核の衝突反応によるモノポールの「生成断面積」はとても小さいと考えることができます。この研究では、このように考えたモノポールの生成断面積の上限と、L H C加速器実験で直接、陽子と陽子、あるいは原子核と原子核を衝突させて行われたモノポール探索の結果を比較しています。
 (注2)磁気単極子(モノポール)探索
磁気単極子は、歴史的に様々な効果によって探索されてきました。陽子崩壊に対する触媒作用のカタライジング(カラン・ルバコフ効果)、存在する銀河磁場から推定されるパーカーの上限、IceCubeやBAIKALなどのチェレンコフ光による観測、Gran Sasso (イタリア)での大きな電離損失をもつ粒子の検出実験、の探索が行われています。これらの探索のほとんどは、宇宙初期にKibble-Zurek機構により生成された宇宙論的モノポールの量に基づいて行われています。しかし、この推定は、仮定した宇宙論の詳細に依存しているため、モノポール探索の解釈に大きな影響を与えてしまいます。
これまでの研究の多くは,GUTスケールの超重量級モノポール(質量約1016GeV)に焦点が当てられてきましたが,それよりずっと軽い中間質量領域でのモノポールのシナリオも存在します。
特に最近では、電弱スケール(TeVスケール)でのモノポールのシナリオが提唱されて来たため、この質量領域でのモノポール探索が再び活気を帯びています。CERNのLHC加速器におけるATLASおよびMoEDAL実験ではこの質量領域での感度の高いモノポール探索が行われています。
 (注3)電弱スケール
現在、素粒子物理学の世界で様々な素粒子現象を高い精度で説明することが確認されている「標準模型」では、電磁気力と弱い相互作用が統一して記述されています。しかし、現実の世界では、電磁気力と弱い相互作用は異なる形で現れていて、これは統一された電弱相互作用の対称性が低いエネルギーの世界では破れている事に相当します。この対称性の破れにはヒッグス粒子(125 GeV)の存在が関わってきます(ヒッグス機構)。一方、「なぜ」電弱相互作用の対称性が破れるかについては「超対称性理論」「複合ヒッグス模型」などいろいろのシナリオが提唱されていて、その多くのシナリオではTeVのエネルギー領域に新しい素粒子の出現が予言されています。残念ながら、未だに新しい素粒子は発見されていませんが、この電弱相互作用の対称性の破れを説明する現象が現れることが期待されているエネルギー領域(数100 GeV〜数TeV)を電弱スケールと呼んでいます。

4. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル: Monopoles From an Atmospheric Fixed Target Experiment
著者: Syuhei Iguro (1,2), Ryan Plestid (3,4), Volodymyr Takhistov (5)
著者所属: 
1. Institute for Theoretical Particle Physics (TTP), Karlsruhe Institute of Technology (KIT), Engesserstraße 7, 76131 Karlsruhe, Germany
2. Institute for Astroparticle Physics (IAP), Karlsruhe Institute of Technology (KIT),
Hermann-von-Helmholtz-Platz 1, 76344 Eggenstein-Leopoldshafen, Germany
3. Department of Physics and Astronomy, University of Kentucky, Lexington, KY 40506, USA
4. Theoretical Physics Department, Fermilab, Batavia, IL 60510,USA  
5. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (Kavli IPMU, WPI), The 
University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan

DOI: 10.1103/PhysRevLett.128.201101  (2022年5月17日掲載)
論文のアプストラクト (Physical Review Lettersのページ)
プレプリント(arXiv.orgのウェブページ、2022年5月20日更新)

5. 問い合わせ先
(研究内容について)
Volodymyr Takhistov(ウラジーミル・タキストフ)[英語での対応]
東京大学 カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員/Kavli IPMUフェロー
電子メール:volodymyr.takhistov _at_ ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
E-mail:press_at_ipmu.jp 
*_at_を@に変更してください
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930