銀河間シチューの泡を初めて発見

2023年3月15日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
 


1.  発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の大学院生Chenze Dong(シャン・ドン)と特任講師Khee-Gan Lee(キーガン・リー)が率いる国際研究チームは、宇宙空間を満たすガスの温度がまだ冷たい太古の宇宙において、ガスが非常に高温に加熱されている領域を発見しました。

本研究成果は、米国天文学会が発行する天体物理学専門誌The Astrophysical Journal Lettersに2023年3月14日付に掲載されました。

2. 発表内容
【背景】
宇宙に存在する全原子のうち約90%は、目に見える銀河の外側に広がる広大な宇宙空間を満たす銀河間ガスとして存在しています。現在の宇宙に存在する銀河間ガスは10万Kから1000万K以上の高温状態で存在しており、研究者はこれを「Warm-Hot Intergactic Medium(WHIM)」と呼んでいます。
しかし、銀河における星形成が最盛期であった100億年以上前には、この銀河間ガスのほとんどは1万K以下の比較的低い温度で存在していました。
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の大学院生Chenze Dongと特任准教授Khee-Gan Leeが率いる国際研究チームは、宇宙がまだ30億歳だった遠方宇宙において、現在の宇宙に存在するWHIMのような、高温の銀河間ガス領域を発見しました。この領域は、Lee 氏と Kavli IPMU の研究チームによって 2022 年に発見された「COSTCO-I」と呼ばれる原始銀河団 (銀河の巨大な集合体) で、その総質量は太陽質量の400兆倍以上、大きさは数百万光年にも及びます。    

【研究手法・成果】
研究チームは、ハワイ・マウナケアにある直径10.3mのケックI望遠鏡で観測されたCOSTCO-Iの紫外線スペクトルデータを調べたところ、ある異変を発見しました。
波長121.6ナノメートルの紫外線スペクトルは、銀河間ガス中の中性水素ガスに吸収されると、その吸収が影のように観測されます。そのため、質量やサイズが大きく、中性水素ガスも豊富な原始銀河団を121.6ナノメートルで観測すると、通常は、中性水素ガスによる吸収により大きな影が検出されるはずです。
しかし、COSTCO-Iの位置では吸収の影が検出されませんでした。
「中性水素の吸収は、原始銀河団を探す一般的な探査方法の一つであり、COSTCO-I の近くにある他のプロトクラスターはこの吸収シグナルを示しています。そのため、COSTCO-Iで吸収シグナルが見えないことは驚きでした。」と Dong 氏は言います。
原始銀河団から中性水素が検出されないことから、COSTCO-Iのガスは、当時の宇宙に一般的に存在する低温の銀河間ガスよりも、おそらく100万K以上高温であることが示されます。

「もし、現在の銀河間ガスが、沸騰し泡立つ巨大な宇宙シチューであると考えるなら、COSTCO-I は、おそらく、シチューがまだ冷たかった過去の時代の最初の泡です」とLee氏は言います。

「WHIMの性質と起源の解明は、天体物理学における残された謎の1つです。遠方宇宙において、銀河間ガスが加熱され、WHIMへと変化し出した領域を垣間見ることができれば、低温の銀河間ガスから現在の宇宙のような沸騰した銀河間ガスへと変化するメカニズムを明らかにすることができるでしょう。銀河間ガスが沸騰するメカニズムにはいくつかの可能性がありますが、私たちは、重力崩壊の際に互いにガスが衝突して加熱されるのか、原始銀河団内の超巨大ブラックホールから巨大な電波ジェットがエネルギーを送り込んでいるのではないかと考えています。」とLee氏は述べています。

著者でカーネギー科学研究所の百瀬莉恵子(ももせ りえこ)氏は今回の結果について、「今回の COSTCO-I のような天体の発見は、原始銀河団の進化を解明する上でも大きな意義があります。これまで、原始銀河団は銀河かガスが豊富に存在する場所を指標として探索されていました。今回の COSTCO-I はこうした既存の手法では見つからなかった天体です。PFS サーベイによって、COSTCO-I のような天体がさらに見つかれば、原始銀河団の進化の統計的な解明にもつながると期待しています。」と述べています。

銀河間ガスは、銀河における星形成の材料を供給するガスの貯蔵庫です。しかし、高温のガスと低温のガスでは、銀河へのガスの流入のしやすさが異なります。遠方宇宙において、WHIMの成長を直接研究することができれば、銀河の形成・進化を維持するガスのライフサイクルについて首尾一貫した描像を得ることができるようになるでしょう。

【波及効果、今後の予定】
Kavli IPMU の天文学者は現在、マウナケア山頂にあるすばる望遠鏡に搭載予定の新しい超広視野多天体分光器、すばる主焦点分光器 (PFS) (注1)の開発に深くかかわっています。すばるPFSの観測によって、今回の研究の40倍以上の大きさの領域が観測されます。その結果、何百もの原始銀河団におけるガスの性質が明らかとなるでしょう。

図1. この図は、原始銀河団 COSTCO-I 周囲にて、実際に観測された中性水素ガスによる吸収 (上図) と、コンピュータシミュレーションから予想される中性水素ガスの吸収を比較したものです。吸収が強い領域は赤、弱い領域は青、中間の領域を緑または黄色で表しています。図中の黒い点は、COSTCO-I 周囲にてこれまで天文学者が銀河を検出した場所を示しています。COSTCO-Iの位置 (星印) では、観測された中性水素ガスの吸収が、その時代の宇宙の平均値とあまり変わらないことが分かります。銀河が密集している領域には、数百万光年にわたり広がる豊富なガスが存在しており、強い中性水素ガスの吸収が観測されると考えられていたため、弱い吸収を示す結果は驚くべきことです。この図は、Dong et al. 2023 Astrophysical Journal Lettersから引用したものです。(クレジット:Dong et al.)
図2. スーパーコンピュータによるシミュレーションデータを用いて、原始銀河団周辺の銀河間ガスの大規模加熱を模擬的に可視化したものです。これは、COSTCO-I原始星で観測されたシナリオに近いと考えられています。写真中央の黄色い部分は、数百万光年にわた り広がる巨大な高温ガスの塊を表しています。青色は、原始銀河団の外側にある低温のガス を表しており、フィラメントのように、原始銀河団周囲の高温のガスと他の構造をつないでいます。ガス分布の中にある白い点は、星から放出された光です。(クレジット:The THREE HUNDRED Collaboration)

3. 用語解説
(注1)PFS (Prime Focus Spectrograph) 超広視野多天体分光器
PFSは、2022年度に始動した「すばる2」計画の主力装置の一つです。PFS では、望遠鏡やドームのあちこちに設置された複数のサブシステムが望遠鏡と連携して動作し観測を遂行していきます。すばる望遠鏡の主焦点の直径1.3度の視野内に約2400本の光ファイバーを搭載し、各々の光ファイバーは、10数ミクロンという精度で観測したい星や銀河へ向けられます。そして、捕らえられた多数の天体からの光は、「青」「赤」「近赤外」3つのカメラからなる分光器システムへ送られ、380ナノメートルから1260ナノメートルの波長範囲に及ぶスペクトルとして一度に分光観測されます。

4. 発表雑誌
掲載誌 : The Astrophysical Journal Letters
論文タイトル : Observational Evidence for Large-Scale Gas Heating in a Galaxy Protocluster at z = 2.3
著者名 : Chenze Dong (1), Khee-Gan Lee (1), Metin Ata (2, 1), Benjamin Horowitz (3, 4), Rieko Momose (5, 6)
著者所属:
1 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), UTIAS, The University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
2 The Oskar Klein Centre, Department of Physics, Stockholm University, AlbaNova University Centre, SE 106 91 Stockholm, Sweden
3 Lawrence Berkeley National Laboratory, 1 Cyclotron Road, Berkeley, CA 94720, USA 4 Department of Astrophysical Sciences, Princeton University, Princeton, NJ 08544, USA
5 Observatories of the Carnegie Institution for Science, 813 Santa Barbara Street, Pasadena, CA 91101, USA
6 Department of Astronomy, School of Science, The University of Tokyo, 7-3-1 Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo, 113-0033, Japan

DOI:10.3847/2041-8213/acba89(2023年3月14日発行)
論文アブストラクト(The Astrophysical Journal Letters(アストロフィジカル・ジャーナル・レターズのページ))
プレプリント (arXiv.orgのページ)

5. 問い合わせ先
(研究内容について)
研究連絡先  [英語での対応]
Khee-Gan Lee (キーガン・リー)
東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU) 特任講師
電子メール:kglee_at_ipmu.jp
* at_を@に変えてください。

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
電子メール:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930