X線偏光で捉えた特異な量子干渉効果

2023年3月17日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
 電気通信大学
 筑波大学
自然科学研究機構核融合科学研究所
 

1.発表概要
   東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の高橋忠幸 (たかはし ただゆき) 教授と都築豊(つづき ゆたか)大学院学生は、電気通信大学レーザー新世代研究センターの中村信行教授、宇宙科学研究所の渡辺伸准教授らの実験グループと共同で、多価イオンが高エネルギー電子を捕獲する際に放出する高エネルギーX線の偏光度を測定し、これまでの原子物理の常識では偏光していないと考えられていたX線遷移が大きく偏光していることを突き止めました。

   この実験成果は、電気通信大学が所有する世界有数の多価イオン生成・実験装置である電子ビームイオントラップTokyo-EBIT(注1)と、宇宙科学研究所を中心に宇宙観測のために開発され、本研究のために改良された高エネルギーX線用コンプトン偏光計EBIT-CC(注2)という二つの最新鋭装置・技術が融合することで初めて得られるものであり、他の研究機関では成し得なかったものです。

高橋教授は本実験の立ち上げ時から深く関わっています。今回、実験に使われたコンプトンカメラは高橋教授がJAXAで研究をおこなっていた時に開発を行い、衛星搭載用装置の実現に尽力したものです。都築豊氏は、コンプトン偏光計を低エネルギーのガンマ線に最適化する作業を行い、測定結果に含まれる系統誤差の評価などデータ解析に携わっています。

また、筑波大学計算科学研究センターの仝暁民准教授、北京応用物理計算数学研究所の高翔特任研究員、核融合科学研究所の加藤太治准教授の理論グループが行った常識を排除した理論解析により、実験で観測された予期せぬ大きな偏光が、量子干渉効果(量子力学における確率の波同士の干渉)の結果であることが明らかになりました。通常、干渉を起こす二つの波の初期状態は等しい必要がありますが、今回観測された偏光を生じさせたのは、角運動量の異なる二つの波、つまり厳密には異なる初期状態を持つ二つの波が引き起こした特異な干渉効果であることも明らかになりました。

 本研究の成果は米科学誌「Physical Review Letters」(フィジカル・レビュー・レターズ)に3月15日付けで掲載されました。


2. 発表内容
【背景】
   原子やイオンはエネルギーの高い状態から低い状態に遷移するとき、そのエネルギー差に応じた波長を持つ電磁波を放出します。その電磁波は放出した原子やイオンの様々な情報を運んでくれます。例えば電磁波の波長を調べる、つまり分光することで、原子やイオンの構造を知ることができ、それが量子力学の発展につながっています。
電磁波の持つ重要な情報の一つに偏光度があります。電磁波は電気と磁気が繰り返し振動することで伝わる波ですが、それらの振動方向がどの程度偏っているかが偏光度です。白熱電球の明かりは振動の方向がランダム、つまり無偏光であるのに対して、レーザー光は振動の方向が揃っている、つまり偏光している光の典型例です。偏光度を調べることで、それを放出した原子やイオンの中の電子がどの方向に運動していたかという「向き」に関する情報を得ることができます。そのため、原子やイオンの性質を詳しく調べるためにも重要ですし、原子やイオンのいる物質や環境の異方性を知るためにも役立ちます。

   本研究では多価イオンという特殊なイオンが放出する高エネルギーX線の偏光度を調べました。原子は原子核のプラスの電荷とその周りを周る電子の数が等しく全体には中性ですが、電子を一つ取り去ると正の電荷を持ったイオンができます。さらに多くの電子を取り去って出来る特殊なイオンが多価イオンです。多価イオンが放出する電磁波はエネルギーの高いX線が多く、そのX線の偏光度に対する知見を得ることは、多価イオンが多く存在する天体や核融合実験炉など高温プラズマ(注3)の異方性を知るために重要です。しかし、高エネルギーX線の偏光度を測定することは大変難しい技術です。私たちの目に見える光(可視光)もX線も電磁波の仲間ですが、可視光の偏光度を測定する技術は確立しており比較的容易である一方、高エネルギーX線の偏光度については測定技術が確立していません。また、取り去る電子の数が多いほど多価イオンを生成する技術も大変難しいものとなります。


【研究手法・成果】
   本研究では、鉛(Pb)原子がもともと持っていた82個の電子のうち、78個を取り去り残り4個にしたような鉛多価イオン(Pb78+)を、電気通信大学の多価イオン実験装置Tokyo-EBIT内に生成し閉じ込めました(図1)。これほどプラスの電荷が高い多価イオンを生成し閉じ込めることができるのは、国内では電気通信大学のみ、世界でも数か所に限られます。閉じ込めた領域に高エネルギー電子を入射すると、その電子を鉛多価イオンが強いプラスの力(クーロン力)で引き寄せ捕獲します。その際に放出するX線を、宇宙観測のために開発され本研究用に改良されたコンプトン偏光計EBIT-CCで観測しました(図2)。

コンプトン偏光計は、検出器内でコンプトン散乱(注4)を起こしたX線の散乱角度を測定します。多くのX線を入射したときの散乱角度の分布が入射X線の偏光度に依存するという性質を利用して偏光度を知ることができます。散乱角度を測定するためには、検出器のどこで散乱が起こり、散乱光がどの方向に飛んで行ったかを検知する必要があります。そのため、EBIT-CCでは散乱を検知する検出器と散乱光を捕らえる検出器から構成されています。それぞれの検出器は小さな検出素子に分割されており、どの素子がX線と反応したかを調べることで散乱位置、散乱方向を知ることができます。非常に多くの検出素子から構成されている検出器を製作・運用し、偏光度を高精度に測定するには、最先端の宇宙観測で培われた技術が必要不可欠です。
   

図1
図1. Tokyo-EBIT (クレジット:電通大)
図2
図2. Tokyo-EBIT(右)に設置したEBIT-CC(左) (クレジット:電通大・JAXA)

電子が多価イオンに捕獲される際にX線を放出する過程には、①捕獲されると同時にX線を放出する過程(専門用語で放射性再結合過程)と、②捕獲された後多価イオンの周りを短い時間周ってからX線を放出する過程(専門用語で二電子性再結合過程)があります。前者は多価イオンの捕獲される電子のエネルギーがどのような値であっても起こる過程ですが、後者はある特定のエネルギーのときにしか起きません(このような過程を共鳴過程と言います)。本研究では後者の過程で放出されるX線の偏光度をEBIT-CCで調べました。それは、その遷移が原子物理の常識から無偏光であると考えられていたからです。宇宙観測用に開発されTokyo-EBIT実験用に改良されたEBIT-CCが、無偏光X線の偏光度を正しく0と測定するかどうかを確認することが当初の目的でした。しかし、いくら測定を繰り返しても結果は0ではなく大きな偏光度を示します。実験に何かおかしなことはないかと様々な試験と検討を繰り返しましたが、実験は正しく行われており、無偏光と思われていたX線が実は常識とは異なり大きな偏光度を有しているのだという結論に至りました。

そして常識を排除した理論解析を行った結果、実験で得られた予期せぬ大きな偏光度は、特異な干渉効果の結果であることが分かりました。ヤングの実験(注5)で有名な干渉効果は、等しい初期状態と終状態を持ちながら異なる経路を進む二つの波が互いに強め合ったり弱め合ったりするものですが、光のような波だけでなく、量子力学における確率の波も干渉を起こします。今回観測された偏光は、上記①②それぞれの起きる確率の波同士が干渉した結果生じたものでした。その結論は以下の理由から驚くべきものです。まず、①は②に比べ確率が非常に小さい過程です。原子物理の常識では確率が大きく異なるもの同士の干渉効果は小さいはずですが、観測された偏光度は大きく、理論解析もそれを見事に再現しました(図3)。さらに、今回干渉した確率の二つの波の初期状態は角運動量の値が異なっており、つまり厳密には異なる初期状態を持つ二つの波が引き起こした特異な干渉であることも明らかになりました。

図3
図3. 偏光度の計算と実験結果の比較

【波及効果、今後の予定】
太陽コロナ(上層大気)、超新星残骸、銀河団プラズマなど宇宙のあらゆる階層に存在する宇宙プラズマや、太陽のエネルギーの源である核融合反応を地上で再現し発電に利用としようとする実験炉内のプラズマは、時に高温で、多価イオンと電子が絶えず相互作用してX線を放出しています。そのX線を観測することでプラズマの様々な情報を知ることができますが、X線の偏光からはプラズマの中に存在する異方性に関する情報を知ることができます。偏光が干渉効果により大きな影響を受けることは新しい知見であり、今後の宇宙観測や核融合実験などに本研究の成果が活かされることが期待されます。

また、多価イオンの放出するX線の偏光は、量子電磁力学(注6)という物理学で最も正確とされている理論を検証するためにも重要です。今回観測されたものとは別の多価イオンのX線遷移の偏光度を今回と同様の手法で精密に測定することで、量子電磁力学的な相互作用を媒介する仮想光子の波動性を捉えるという物理学の本質に迫るとも言える実験が可能になるとされています。そのような挑戦的な研究もこの共同研究グループで進行中です。
 

(外部資金情報)
本研究は、科学研究費助成事業新学術領域研究「宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。」(18H05463, 19H05187, 21H00164)の助成を受けて行われました。

・文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究 (2018–2022)
宇宙観測検出器と量子ビームの出会い。新たな応用への架け橋。
https://member.ipmu.jp/SpaceTech_to_QuantumBeam/index.html

・計画研究 C01  宇宙硬エックス線・ガンマ線検出テクノロジーの異分野への展開
研究代表者  高橋 忠幸 (東京大学)
https://member.ipmu.jp/SpaceTech_to_QuantumBeam/planned-research/c01/index.html

・研究課題 A01-5 先端的宇宙X線検出器で迫る多価重イオンの量子電磁力学
研究代表者 中村 信行 (電気通信大学)
https://member.ipmu.jp/SpaceTech_to_QuantumBeam/publicly-offered-research/2021-a01-5/index.html


3.用語解説
(注1)Tokyo-EBIT:電気通信大学レーザー新世代研究センターで運用されている多価イオン生成・閉じ込め装置。EBITは電子ビームイオントラップ(electron beam ion trap)の略。イオントラップと呼ばれる技術で空間的に閉じ込めたイオンに対して高密度高エネルギー電子ビームを入射することで電子を剥ぎ取り、多価イオンを生成する。200keVの最高電子ビームエネルギーにより、自然界に存在するどんな元素でもほとんどの電子が剥がされたような多価イオンを生成可能(keVはエネルギーの単位。1keVは約1.6x10-16J)。

(注2)EBIT-CC:X線天文衛星「ひとみ」搭載用に開発された軟ガンマ線検出器を基にEBITを用いたX線実験用に改良した検出器。CCはコンプトンカメラ(Compton camera)の略。

(注3)高温プラズマ:物質は温度の上昇に伴い固体、液体、気体と変化するが、さらに温度の高い状態では原子や分子から電子が離れ、電子とイオンが独立に運動するようになる。これを物質の第4の状態プラズマと呼ぶ。その中でも、100万度もあるような太陽の高層大気や1億度にもおよぶ核融合実験プラズマなどは高温プラズマと呼ばれる。高温プラズマでは多くの電子が剥がされた多価イオンが多く存在する。

(注4)コンプトン散乱:X線が物質に入射すると、ある確率で物質中の電子により散乱される。このとき電子にエネルギーを与えると、その分だけ散乱X線のエネルギーは入射X線より低くなる(波長が長くなる)。そのような散乱過程をコンプトン散乱と呼ぶ。

(注5)ヤングの実験:1800年頃のトーマス・ヤングによる有名な実験。点光源から広がり二つのスリットを透過した光は、強め合ったり弱め合ったりすることで干渉縞をつくる。これにより光が波であることが示された。

(注6)量子電磁力学:光は波と粒子の二面性を持つ。後者の性質を示す光の粒を光子と呼ぶ。電磁場を(仮想)光子の集まり、真空を(仮想)電子と(仮想)陽電子の集まりと考え、現実の電子と電磁場や真空との相互作用を考える理論(陽電子は電子の反物質であり、電子と同じ質量・電荷量を持つが電荷の符号が正である)。この理論により計算した結果は実験値を最も正確に再現するため「物理学における最も正確な理論(物理学辞典)」とも言われる。
 

4. 発表雑誌
雑誌名: Physical Review Letters
論文タイトル: Strong Polarization of a J=1/2 to 1/2 Transition Arising from Unexpectedly Large Quantum Interference
著者: Nobuyuki Nakamura (1), Naoki Numadate (1), Simpei Oishi (1), Xiao-Min Tong (2), Xiang Gao (3), Daiji Kato (4, 5), Hirokazu Odaka (6, 7), Tadayuki Takahashi (7, 6), Yutaka Tsuzuki (6, 7), Yuusuke Uchida (8), Hirofumi Watanabe (9), Shin Watanabe (10, 7), and Hiroki Yoneda (11)
著者所属
1 Institute for Laser Science, The University of Electro-Communications, Tokyo 182-8585, Japan
2 Center for Computational Sciences, University of Tsukuba, Ibaraki 305-8573, Japan
3 Institute for Applied Physics and Computational Mathematics, Beijing 100088, China
4 National Institute for Fusion Science, Toki, Gifu 509-5292, Japan
5 Interdisciplinary Graduate School of Engineering Sciences, Kyushu University, Fukuoka 8 16-8580, Japan 
6 Department of Physics, The University of Tokyo, Tokyo 113-0033, Japan
7 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), Institutes for Advanced Study (UTIAS), The University of Tokyo, Chiba 277-8583, Japan
8 Department of Physics, School of Science and Technology, Tokyo University of Science, Chiba 278-8510, Japan
9 Center of Applied Superconductivity and Sustainable Energy Research, Chubu University, Aichi 487-8501, Japan 
10 Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency, Kanagawa 252-5210, Japan 11RIKEN Nishina Center, Saitama 351-0198, Japan

DOI:10.1103/PhysRevLett.130.113001(2023年3月15日発行)
論文アブストラクト(Physical Review Letters(フィジカル・レビュー・レターズ)のページ)
 

5. 問い合わせ先
(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
E-mail:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930

 

関連リンク
【ニュースリリース】X線偏光で捉えた特異な量子干渉効果(電気通信大学のニュースリリース)
高橋研究室のホームページ
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