ニュートリノ物理学

自然界の構成要素は何だろう?ほとんどの人は電子や陽子や中性子について聞いたことがあるだろう。電子は(我々が知るかぎり)それ自身が素粒子で、陽子と中性子はさらに小さなクォークと呼ばれる素粒子から構成されている。さらにたくさんの素粒子が存在するが、その中で最も不思議なのがニュートリノである。

素粒子の標準理論は3世代の素粒子を含む。それぞれの世代(あるいは家族と呼んでもよい)には2個のクォークと2個のレプトンと呼ばれるクォークよりずっと軽い粒子が属する。第一世代のレプトンが電荷を持つ電子と電荷を持たない電子ニュートリノである。第2世代には別のクォーク2個とミューオンと呼ばれる電荷を持つレプトンとミューオンニュートリノが属し、第3世代にはさらに別のクォーク2個とタウと呼ばれるレプトンとタウニュートリノが属する。

これら3種類のニュートリノ(電子ニュートリノ、ミューオンニュートリノ、タウニュートリノ)はほとんど物質と相互作用をしないので、研究するのが大変難しい。このためニュートリノの測定装置は非常に大型か、非常に感度が高いか、その両方が必要になる。IPMUの研究者は世界最高クラスのニュートリノ測定装置を用いた研究を行なっている。

スーパーカミオカンデ測定装置は日本アルプスの地下深くに作られた5万トンの水タンクからなる。宇宙線の大気中での相互作用で発生するニュートリノの観測から、このグループは1998年にニュートリノ振動と呼ばれる異なる種類のニュートリノが自発的に別の種類に変わるという画期的な発見をした。このことは3つのニュートリノのうちの少なくとも2つには微小だが、しかしゼロではない、質量があることを意味する。これは標準理論では予言されていなかったことである。標準理論の形成去以来、はっきりとした実験によって理論が変更を余儀なくされたのはこれが始めてである。さらに2001年には太陽内のボロン8の反応で発生した太陽ニュートリノが飛行中に別の種類に変わることを示し、疑いの余地なく「大混合角度解」が正しいことを示して、太陽ニュートリノ問題の解決に決定的な貢献をした。これらの発見に対して2015年にノーベル物理学賞が与えられた。 IPMU研究者は現在スーパーカミオカンデの高純度の水にガドリニウム元素を混ぜてバックグラウンドを大幅に減らすGADZOOKS計画を推進している(SK-Gdとも呼ばれている)。これは多くの研究に役立つ。特に、これによって初めて遠方の超新星からのニュートリノを定常的に観測出来るようになる。2018年の夏から秋にかけてガドリニウムを添加する準備が行われ、2019年度後半にはSK-Gdのデータ収集が始まる予定である。

カムランド測定装置はスーパーカミオカンデと同じ亜鉛鉱山内にあるが、水ではなく1千トンの液体シンチレーターを使う。このため原子炉からの低エネルギーニュートリノや地球内部の放射性崩壊からの低エネルギーニュートリノに特に敏感である。2002年カムランドは初めて原子炉ニュートリノが消えてなくなる現象を観測した。これは太陽ニュートリノの結果との劇的な一致であった。データ解析の際のニュートリノエネルギー閾値を下げることによって、カムランドは2005年初めて地球ニュートリノの観測に成功して、まったく新しい地球内部探査の方法を切り開いた。さらに2005年原子炉ニュートリノのエネルギー分布のゆがみを観測して、ニュートリノ振動の決定的な証拠を得た。2011年より、カムランド実験は、検出容積内部にキセノン136を注入しニュートリノを出さない2重ベータ崩壊検出の大型装置に改造された(カムランド禅)。2018年5月にはカムランド禅800と呼ばれる新しい段階の実験が始まり、2018年8月に前段階の2倍以上の800 kgのキセノン136の容量を持つ測定器が完成した。

T2K (Tokai to Kamioka)実験は、粒子加速器により生成されたニュートリノのビームを使い、スーパーカミオカンデ測定装置で検出することによりニュートリノ振動と呼ばれる現象を観測している。茨城県東海村の大強度陽子加速器J-PARCによりミュー型ニュートリノのビームが作られる。 生成されたニュートリノのほんの一部を295km離れたスーパーカミオカンデで検出する。2013年にT2K実験はミュー型だったニュートリノの一部が電子型に変身することを世界で初めて示した。T2K実験は、現在ニュートリノの反粒子である反ニュートリノを使って同じ現象を観測している。もしT2K実験でニュートリノと反ニュートリノで電子型へ変身する確率が異なることが発見されれば、なぜ現在の宇宙はほとんど物質のみでできており反物質が存在しないのかを解明するのに大いに役立つ。 カブリIPMUの研究者はニュートリノと反ニュートリノの振動現象に違いがあること(CP対称性の破れ)の発見を目指してT2K実験のデータ解析に主導的な役割を果たしている。 最近の解析結果はCP対称性の破れの兆候を示しており、さらに多くのデータを蓄積・解析することによりCP対称性の破れが確定されることが期待される。

ニュートリノは、その性質の理解(ニュートリノ振動のCP対称性の破れ等)のみならずそれらを作り出すさまざまなプロセス(地球内部、地上、大気中、太陽内部、爆発する星の内部)の理解が宇宙の起源および進化に深く関わっている。カブリIPMUの研究者は最近理解が進んだとはいえ、まだ謎に満ちたこれらのほんの小さな粒子を使ってさらに宇宙の最も手の届きづらく遠い所の探索を試みている。
(Last update: 2019/08/20)

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