2020年1月9日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)
天文学の研究者で構成される国際研究チーム H0LiCOW (ホーリー・カウ) は、ハッブル宇宙望遠鏡を用いて重力レンズ効果の影響を受けたクェーサーからの光を観測し、宇宙の膨張率の値であるハッブル定数を従来の方法と独立に調べました。この研究チームには、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Kenneth Wong (ケネス・ワン) 特任研究員も参加しており、本研究にあたっては中心的な役割を果たしました。
従来より、局所宇宙の観測から計算される宇宙の膨張率の値と、プランク衛星の宇宙背景放射の観測から計算される膨張率の値との間には矛盾があることが知られています。 H0LiCOWグループが今回得た測定値は、プランク衛星による初期宇宙の観測から得られる膨張率の値に比べ、予想よりも局所宇宙の膨張率が速いことを示唆しています。この2つの値の間の矛盾は、宇宙の基礎物理パラメーターを理解する上で重要な意味を持ち、この矛盾を説明する新物理が必要になるかもしれません。H0LiCOWグループを率いる ドイツのマックス・プランク物理学研究所と台湾中央研究院天文及天体物理研究所に所属する Sherry Suyu 氏は、「これらの結果が一致しない場合、特に初期の時期おいて物質とエネルギーがどのように進化したかを我々がまだ完全に理解していないことを示唆しているかもしれません」と述べています。
H0LiCOW チームは、6つの遠く離れたクェーサーからの光をハッブル宇宙望遠鏡で観測しました。クェーサーは、銀河中心にある巨大ブラックホールを周回するガスから発せられる非常に明るい光です。各クェーサーからの光は、手前にある巨大な楕円銀河によって引き起こされる強い重力レンズの効果によって、複数の画像に分割されます。そして、重力レンズ効果の影響を受けたクェーサーからの光は、僅かに異なる経路を辿って地球に到達します。この各経路の違いを調べるため、研究者たちは光のちらつきを調べました。こうすることで、分割された画像間で光が地球に到達するまでの時間の遅れを測定できます。これらの測定値と銀河の物質分布の正確なマップを使用して、手前の銀河からクエーサーまで、地球から銀河まで、そして地球から背景にあるクェーサーまでの距離を推定しました。 そしてその値を、宇宙膨張に起因する光の伸び (赤方偏移) によって計算されるクエーサーと銀河までの距離と比較することで、宇宙の膨張率を測定しました。
その結果、H0LiCOW チームは、1Mpc (メガパーセク) あたり73km/秒というハッブル定数の値を導き出しました(2.4%の不確定性)。 これは、銀河が地球から約330万光年遠くなる毎に、宇宙膨張の影響により銀河が毎秒73キロメートル速く遠ざかって見えることを意味します。
今回の結果に関して、Kavli IPMU の Kenneth Wong 特任研究員は「重力レンズを使ってハッブル定数を測定する背景となる考え方は、実際には50年以上前のものです。しかし現在では、この手法で正確な結果を導き出すことを可能とする高品質のデータや分析ツールがあります。 私たちの測定は他の手法と完全に独立しているため、他で得られた結果をチェックする重要な値として機能し、我々の宇宙に対する理解が何か間違っている可能性があることを示しています」と述べています。
詳しくはハッブル宇宙望遠鏡を運用するアメリカの宇宙望遠鏡科学研究所 (STScI) のプレスリリース (英語) をご覧ください。
本研究は現地時間の1月8日にアメリカ天文学会(AAS)の第235回AAS Meetingで発表されました。研究成果は英国王立天文学会 (RAS) 発行の論文誌 Monthly Notices of the Royal Astronomical Society (MNRAS) に掲載される予定です。
問い合わせ先
(研究内容について) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員 Kenneth Wong
E-mail: ken.wong_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
(報道対応)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈
E-mail: press_at_ipmu.jp TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください
関連リンク
H0LiCOW グループのページ
重力レンズ効果を用いた新たな手法による宇宙膨張率の測定(国立天文台ハワイ観測所のプレスリリース)