ニュートリノの「CP 位相角」を大きく制限

2020年4月16日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)


1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の研究者も参加する T2K 実験 (注1) 国際共同研究グループは、ニュートリノが空間を伝わるうちに別の種類のニュートリノに変化するニュートリノ振動という現象において「粒子と反粒子の振る舞いの違い」の大きさを決める量に、世界で初めて制限を与えることに成功しました。CP 位相角 (注2) と呼ばれるこの量は、ニュートリノの基本的性質を示す量の一つであり、理論的には -180度から180度の値を取り得ますが、これまで全く値がわかっていませんでした。今回の結果では、CP 位相角の取り得る値の範囲の半分近くを 99.7% (3σ) の信頼度で排除することに成功しました (図1)。ニュートリノについての未解明の問題の一つである、粒子と反粒子が異なる振る舞いをするかどうかという問題に大きく迫る成果です。この研究成果は、英国科学雑誌 Nature に2020年4月16日に掲載されました。

 

2. 発表内容

【背 景】
T2K 実験は2009年度に実験を開始し、2013年にミュー型ニュートリノがニュートリノ振動によって電子型ニュートリノに変化する「電子型ニュートリノ出現現象」の存在を世界で初めて発見しました。2014年からは反ミュー型ニュートリノの測定を開始し、CP 対称性の破れの検証を開始しました。2016年夏には、90%の信頼度で CP 対称性が破れている可能性を示しました。2018年夏には、その可能性を95% (2σ) の信頼度に高めた結果を 高エネルギー加速器研究機構 (KEK) で行ったセミナーで公表しました。T2K 実験では、CP 対称性の破れの探索とともに、CP 位相角と呼ばれる量の測定を行っています。CP 位相角は、ニュートリノの基本的な性質の一つで、ニュートリノが粒子と反粒子とで異なる振る舞いをするかどうかもこの値に拠りますが、これまでその値は全くわかっていませんでした。

【研究内容と成果】
T2K 実験では、茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設 J-PARC で大量のミュー型ニュートリノまたは反ミュー型ニュートリノを生成し、295キロメートル離れた岐阜県飛騨市神岡にあるスーパーカミオカンデ検出器で測定しています。ニュートリノの一部は、295キロメートルを飛行する間にニュートリノ振動現象によりミュー型から電子型に変化します。

ニュートリノ振動現象において CP 対称性が破れていると、ミュー型から電子型への変化確率に、ニュートリノと反ニュートリノで違いが生じます。破れの大きさを決める量は CP 位相角と呼ばれ、-180度から180度の値を取り得ます。0度と180度であった場合は CP 対称性が保存していることに、それ以外の角度であった場合には CP 対称性が破れていることになります。CP 位相角が-90度の場合には、電子型ニュートリノへの変化確率が最大に、反電子型ニュートリノへの変化確率が最小になります。90度ではその逆です。

2018年までに T2K 実験が取得したデータから、電子型のニュートリノが90個、反ニュートリノが15個観測されました。図2はスーパーカミオカンデで検出された電子型のニュートリノと反ニュートリノの例です。実際の測定では、測定器が物質でできていることなどから、ニュートリノの方が反ニュートリノよりも観測されやすいため、観測数から振動の確率を注意深く決める必要があります。観測された結果は、CP 位相角が-90度である場合に予想される観測数 (ニュートリノで82個、反ニュートリノで17個) に近く、CP 位相角が90度の場合の予想観測数 (ニュートリノで56個、反ニュートリノで22個) とは大きく異なりました (図3)。今回、CP 位相角の値を推定するために必要な統計的手法を更新し、CP 位相角の値として、-2度から165度の領域が99.7%の信頼度で排除されることがわかりました。

【本研究の意義、今後の期待】
CP 位相角は、小林-益川によってクォークにおける CP 対称性の破れを説明するために導入されたものです。素粒子の基本的な性質ですが、電子やニュートリノの仲間であるレプトンについては、その値は、全く未知でした。本研究により、世界で初めてニュートリノの CP 位相角に強い制限がつけられました。また、得られた結果はCP対称性の破れを95%の信頼度で示唆しています。さらに測定を続けることで CP 位相角の取り得る範囲から0度と180度を99.7%の信頼度で排除できると、CP 対称性の破れを99.7%の信頼度で示すことができます。今回の成果は、その目標にたどり着くための重要なステップとなりました。ニュートリノの未解明の性質のうちの一つである CP 位相角、そして CP 対称性が破れているか否かが明らかになりつつあると言えます。
 

T2K 実験に参加する Kavli IPMU の Mark Vagins 主任研究者は本研究成果について「地球規模の緊張状態と先の見えない時期に、このようなエキサイティングな結果を目の当たりにできたことは素晴らしいことです。この結果は、距離という物理的な隔たりがあるにもかかわらず、共通の目標に向かってきた極めて多様で国際的な研究チームの長年にわたる努力によってもたらされました」と述べています。
 

詳しくは 高エネルギー加速器研究機構のプレスリリース もしくは 東京大学宇宙線研究所のプレスリリース をご覧ください。


3.  論文情報
雑誌名: Nature
論文タイトル:Constraint on the Matter-Antimatter Symmetry-Violating Phase in Neutrino Oscillations 
著者:K.Abe et al. (T2K Collaboration)
DOI:10.1038/s41586-020-2177-0 (2020年4月16日掲載)
論文のアブストラクト (Natureのページ)


4.  用語解説
注1) T2K 実験: 高エネルギー加速器研究機構 (KEK) と日本原子力研究開発機構が共同で運営する大強度陽子加速器施設 J-PARC で作り出したニュートリノビームを、295キロメートル離れた岐阜県飛騨市神岡町にある東京大学宇宙線研究所のニュートリノ検出器「スーパーカミオカンデ」で検出する長基線ニュートリノ振動実験。J-PARC がある茨城県東海村と神岡町 (Tokai to Kamioka) の頭文字を取って「T2K実験」と名付けられた。T2K 実験はニュートリノの研究において世界をリードする感度をもち、アメリカ・イギリス・イタリア・カナダ・スイス・スペイン・ドイツ・日本・フランス・ベトナム・ポーランド・ロシアの12ヶ国・69の研究機関から約500人の研究者が参加する国際共同実験。日本からは、大阪市立大学・岡山大学・京都大学・慶應義塾大学・高エネルギー加速器研究機構・神戸大学・東京都立大学・東京工業大学・東京大学・東京大学宇宙線研究所・東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構・東京理科大学・宮城教育大学・横浜国立大学の総勢114名の研究者と大学院生が参加している。

注2) CP 位相角: 3種類のニュートリノが振動現象を起こす場合には、粒子と反粒子でうなり現象の振る舞いが異なる、つまり CP 対称性が破れている可能性がある。その CP 対称性の破れの大きさを決める値が CP 位相角で、ニュートリノの基本的性質の一つである。CP 位相角は-180度から180度の値を取り得る。CP 位相角が0度と180度の場合は CP 対称性が保存され、それ以外の場合は CP 対称性が破れていることになる。CP 対称性の破れは、現在の宇宙で反物質がほとんど存在していないことを説明する条件の一つ。しかしながら、これまでに見つかっているクォークの CP 対称性の破れはとても小さく、現在の宇宙の物質の量を説明することができていない。一方で、ニュートリノの CP 対称性は大きく破れている可能性が T2K 実験により示唆されており、CP 位相角の測定は、宇宙の根源的な謎を解明する手がかりになると期待されている。

 

関連リンク
ニュートリノの「CP位相角」を大きく制限 - 粒子と反粒子の振る舞いの違いの検証に大きく前進する成果をネイチャー誌で発表 - (高エネルギー加速器研究機構の記事)

ニュートリノの「CP位相角」を大きく制限 -粒子と反粒子の振る舞いの違いの検証に大きく前進する成果をネイチャー誌で発表- (東京大学宇宙線研究所の記事)

T2K 国際共同実験グループ

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