宇宙の温度変化の歴史が明らかに -スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果を用いた宇宙の温度変化の初測定-

2020年11月10日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の 真喜屋龍 (まきや りゅう) 特任研究員 (現 Kavli IPMU 客員准科学研究員/台湾中央研究院天文及天文物理研究所 (ASIAA) 博士研究員) や マックス・プランク宇宙物理学研究所所長でもある小松英一郎 (こまつ えいいちろう)  Kavli IPMU 主任研究者らの研究グループは、米国のスローン・デジタル・スカイ・サーベイ (SDSS) と欧州宇宙機関(ESA)のプランク (Planck) 衛星のデータを用いて、スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果の影響を解析することで、宇宙大規模構造の進化に伴うガスの温度変化を調べました。その結果、宇宙大規模構造中のガスの平均温度は過去80億年の間に3倍程度上昇し、現在では約200万 K (ケルビン) に達していることを明らかにしました。研究グループは今回、スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果がガス温度の進化を調べる手法として使えることを具体的に示したほか、この手法が今後の宇宙大規模構造形成のより詳細な理解を深める助けとなり、精密宇宙論の理論的理解の貢献にも繋がる道筋を拓きました。本研究成果は、米国天文学会の発行する天体物理学専門誌アストロフィジカル・ジャーナル (Astrophysical Journal) のオンライン版に2020年10月12日付で掲載されました。

2. 発表概要
誕生直後の宇宙には、量子力学的なゆらぎ (注1) とインフレーションによって生じた小さな密度のゆらぎが存在していたと考えられています。この密度のゆらぎは、今日私たちが宇宙マイクロ波背景放射 (CMB) として観測できる電波となった光の強度にわずかに生じているゆらぎ (温度のゆらぎ) に対応しているとされています。現在の標準的な理論では、この宇宙初期の小さな密度ゆらぎが種となり、周囲のダークマターやガスを引き寄せて銀河や銀河団が生まれ、網の目状に広がる宇宙大規模構造を形成してきたと考えられています。2019年には、この理論の構築への先駆的な貢献が評価され、James Peebles (ジェームズ・ピーブルス) 博士にノーベル物理学賞が与えられました。現在では観測も進み、Peebles 博士らの説は有力なものとされていますが、一方で宇宙大規模構造の形成にはまだ謎も多く残されており、研究者達は様々な手法を用いて過去から現在にわたる構造形成の進化の様子について調べようとしています。

今回、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の 真喜屋龍 (まきや りゅう) 特任研究員 (現 Kavli IPMU 客員准科学研究員/台湾中央研究院天文及天文物理研究所 (ASIAA) 博士研究員) や マックス・プランク宇宙物理学研究所所長を兼ねる小松英一郎 (こまつえいいちろう) Kavli IPMU 主任研究者、ジョンズ・ホプキンズ大学准教授を兼ねる Brice Ménard (ブリース・メナード) Kavli IPMU 客員科学研究員を含み、オハイオ州立大学の Yi-Kuan Chiang 研究員を筆頭とする研究グループは、宇宙の大規模構造の進化に伴って大規模構造中のガスの温度の平均値がどのように変化してきたかを調べました。

研究グループは本研究にあたって、欧州宇宙機関 (ESA) のプランク (Planck) 衛星の CMB のデータと米国ニューメキシコ州アパッチポイント天文台のスローン財団望遠鏡を使った観測のスローン・デジタル・スカイ・サーベイ (SDSS) の200万にものぼる天体の分光観測データを用いました。そして、これら2つの観測プロジェクトのデータを組み合わせ、スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果を用いた解析を行いました。

スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果とは、物理学者の Rashid Sunyaev (ラシード・スニヤエフ) と Yakov Zel'dovich (ヤーコフ・ゼルドヴィッチ) によって理論的に初めて提唱された効果です。この効果は、CMB の光子が宇宙大規模構造を通過する際、大規模構造内にガス状に存在する高温の電子によって CMB の光子が散乱されることで生じます。この散乱により、CMB の光子は高温の電子からエネルギーを受け取り、その結果として宇宙大規模構造を通過しない他の光子に比べて高いエネルギーを持つようになります。この光子のエネルギー変化を調べることで、大規模構造中の高温電子ガスを可視化できます。スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果の強さは高温電子ガスの熱的圧力に比例するため、これを調べることで大規模構造中の高温電子ガスの温度を測定することができます。

研究グループの解析の結果、約 80 億年前 (⾚⽅偏移 z = 1) のガス中の電⼦の平均温度は約70万 K (ケルビン) でしたが、今⽇では3倍程度の約200万 K (ケルビン) にまで上昇していることがわかりました。さらに、理論的なモデルと比較した結果、このガスの温度の進化は、宇宙大規模構造の形成に伴う衝撃波による加熱でほぼ説明されることが示されました。

本研究にあたって Kavli IPMU の研究者達は下記のように述べています。

Brice Ménard Kavli IPMU 客員科学研究員 (兼 ジョンズ・ホプキンズ大学准教授)
「我々の解析で必要なデータを収集するのに、天文学者達は、地上の望遠鏡と宇宙の望遠鏡を用いて15年以上の年月を必要としました。さらに、このデータを解析した私達研究チームも、データから信号を抽出するためのアルゴリズムの開発に4年を費やしました」と述べ、本研究成果に至るまでの困難について語っています。 Brice Ménard 客員科学研究員は、筆頭であるオハイオ州立大学の Yi-Kuan Chiang 研究員と観測データの解析を主導しました。

真喜屋龍 Kavli IPMU 特任研究員 (現 Kavli IPMU 客員准科学研究員/台湾中央研究院天文及天文物理研究所 (ASIAA) 博士研究員)
「最新の観測データと最新の理論モデルを組み合わせることで、この宇宙の温度がこれまでどのように変化してきたのか、またその変化が重力による構造形成とどう関わってきたのかを、ついに明らかにすることができました。今後はさらに研究を進め、熱的成分と非熱的成分の詳細な物理に迫りたいと考えています」と述べています。真喜屋特任研究員は、本研究のデータの解釈に必要であった物理モデルの計算を行いました。

小松英一郎 Kavli IPMU 主任研究者 (兼 マックス・プランク宇宙物理学研究所所長)
「宇宙の温度の時間進化を理論的に計算したのは2000年 (※フィジカル・レビュー D の論文) でした。それから、スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果を用いてこれを実際に測定する手法を練ってきましたが、近年の観測データの爆発的な進展と、Yi-Kuan Chiangさんや真喜屋龍さんら、優秀な若手研究者の努力のおかげで、ついに宇宙の温度の時間進化を測ることに成功しました。感無量です」と述べています。

研究グループは本研究により、スニヤエフ・ゼルドヴィッチ効果が宇宙大規模構造の形成に伴うガス温度の進化を調べる手法として使えることを、観測データの解析から具体的に示しました。そして、この手法が今後の宇宙大規模構造形成のより詳細な理解を深める助けとなり、精密宇宙論の理論的理解の貢献にも繋がる道筋を拓きました。


3. 発表雑誌
雑誌名: The Astrophysical Journal
論文タイトル: The Cosmic Thermal History Probed by Sunyaev-Zeldovich Effect Tomography 
著者: Yi-Kuan Chiang (1), Ryu Makiya (2),  Brice Ménard (3,2), Eiichiro Komatsu (4,2)

著者所属:
1. Center for Cosmology and AstroParticle Physics (CCAPP), The Ohio State University, Columbus, OH 43210, USA
2.Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (Kavli IPMU, WPI), University of Tokyo, Chiba 277-8582, Japan
3. Department of Physics & Astronomy, Johns Hopkins University, 3400 N. Charles Street, Baltimore, MD 21218, USA
4. Max-Planck-Institut für Astrophysik, Karl-Schwarzschild Str. 1, 85741 Garching, Germany

DOI: https://doi.org/10.3847/1538-4357/abb403 (2020年10月12日オンライン版掲載)
論文のアブストラクト (Astrophysical Journal のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)


4. 問い合わせ先
(研究内容について)
小松 英一郎 (こまつ えいいちろう) 
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 主任研究者 / マックス・プランク宇宙物理学研究所 所長
E-mail: komatsu_at_mpa-garching.mpg.de
TEL: +49-89-30000-2208
*_at_を@に変更してください

真喜屋 龍(まきや りゅう)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 特任研究員 (現 客員准科学研究員) / 台湾中央研究院天文及天文物理研究所 (ASIAA) 博士研究員
E-mail: rmakiya_at_asiaa.sinica.edu.tw
TEL: +8862-2366-5420
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press_at_ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください
 

5. 用語解説
注1) 量子力学的なゆらぎ
ミクロな量子の世界では、物体の位置と運動量が定まらず曖昧な状態であること。量子力学創始者の一人であるヴェルナー・ハイゼンベルグ博士 (1932年ノーベル物理学賞受賞者) が唱えた不確定原理で記述される。インフレーションが起きる前の宇宙も量子サイズだったため、この量子ゆらぎが生じていたと考えられ、これがインフレーション後の宇宙における小さな密度ゆらぎを生み出したとされる。