超新星の個性を解明!暗黒エネルギーの証拠がより確かに --前田啓一特任助教--

2010年7月1日

数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe:略称 IPMU)

IPMUの前田啓一特任助教、野本憲一特任教授、田中雅臣特任研究員らで構成される国際研究グループが、Ⅰa型超新星の謎を解明したと発表しました。Ⅰa型超新星は明るさがほぼ一定であり、宇宙の距離を測るうえで優れた“個性のない”標準光源であるとされ、その特性を利用した観測により、1998〜1999年には宇宙の構成要素の大部分が正体不明の暗黒エネルギーであることが判明しました。しかし、より詳細なスペクトル観測を行うと、Ⅰa型超新星は“個性的”であることがわかり、その標準光源としての精度に疑問が投げられ、Ⅰa型超新星を用いた宇宙論研究における解決すべき最重要課題とされていました。今回、前田特任助教を中心に行われた本研究において、Ⅰa型超新星は“丸い”爆発ではなく片側に“偏った”爆発なので、超新星を見る方向によって“見かけ上の個性”が生じているにすぎないことが示されました。本研究により、Ⅰa型超新星が優れた標準光源であることが確認され、Ⅰa型超新星宇宙論研究において非常に有益な情報がもたらされました。

この研究成果は、英国の科学雑誌 Nature に掲載されました。 

発表雑誌:Nature 2010年7月1日号
論文タイトル:An asymmetric explosion as the origin of spectral evolution diversity in type Ⅰa supernova 
(和訳:Ⅰa型超新星のスペクトル進化の多様性は非対称な爆発が原因である)
著者:前田啓一、Stefano Benetti、Maximilian Stritzinger ほか

解禁日:2010年7月1日午前3時(7月1日朝刊より)


本件に関するお問い合わせ先

研究内容

 前田啓一 略歴

東京大学数物連携宇宙研究機構特任助教。2004年東京大学大学院理学系研究科天文学専攻博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員(東京大学総合文化研究科)、日本学術振興会海外特別研究員(マックスプランク研究所)を経て、2007年12月より現職。2009年度日本天文学会研究奨励賞受賞。専門分野は超新星爆発の理論・観測的研究。

  • IPMU特任助教 前田啓一 Keiichi Maeda

Tel. 04-7136-6559

E-mail. keiichi.maeda _at_ ipmu.jp

報道対応

  • IPMU広報担当 宮副英恵 Fusae Miyazoe

Tel. 04-7136-5977

E-mail. press _at_ ipmu.jp


研究内容解説

Ⅰa型超新星は最新の宇宙論研究と暗黒エネルギーの発見において中心的な役割を果たしています。宇宙の膨張速度の測定には、正確に距離を決められる天体(標準光源)が必要ですが、Ⅰa型超新星は優れた標準光源だと考えられているからです。明るいⅠa型超新星ほどゆっくりと暗くなるという性質があることが知られているため、この関係を用いて本来の明るさ(=超新星までの距離)を推定することができます。

このように観測的性質が一つのパラメータ(暗くなるスピード)によって決まるという振る舞いは、実はその爆発に至る進化の理論から予測されます。Ia型超新星は白色矮星内部で核反応の暴走が発生し、それが星全体に飛び火して爆発を起こす現象であると考えられています。爆発の詳細についてはまだ明らかにされていませんが、爆発に至る進化については良く理解されています。白色矮星が連星系をなす場合に、相手の星からの質量流入により白色矮星の質量が増大し得ますが、その際にチャンドラセカール限界質量と呼ばれる一定の質量(太陽の質量の約1.4倍)に達すると爆発に生じる、という標準理論が確立されています。

しかしながら、実際にはIa型超新星の性質はもっと複雑であることも知られています。超新星からの光を波長(色)ごとに分けるスペクトル観測を行うと、Ia型超新星は本当は非常に個性的であることが分かります。明るさだけ見ればほぼ同じように見える超新星も、そのスペクトルは個性的です。特に、スペクトルが進化するスピード(これを数値化したものを”速度勾配”と呼びます)が速い超新星と遅い超新星が混在することが知られています。このようなスペクトルの個性は1980年代後半にはすでに知られており、さらに2005年にはこの事実は間違いないものとして確立されました。このようにIa型超新星に個性があること自体は20年以上前から知られていますが、その個性が何故生じるかは解明されていません。このことから、以下のような疑問が生じます。Ia型超新星は本当に精度の良い標準光源なのか?Ⅰa型超新星は本当にチャンドラセカール質量の白色矮星という”同じ”星の爆発なのか?これらは、Ia型超新星が個性の無い天体であることを要求するからです。

前田特任助教を中心とする国際研究グループ(IPMU野本特任教授と田中特任研究員を含む)は、このIa型超新星の個性が何故生じるかを突き止めたという研究成果を、英国科学雑誌Natureの2010年7月1日号掲載の論文で報告しました。研究グループは、この”速度勾配”という個性が、別の個性-爆発後200日程度経過してから観測したスペクトルにみられる、元素の出す光の色の変化-と強く関係していることを示す観測事実を発見しました(図1)。この元素の出す光の色が何故変化するかは、以下のように説明されます。Ia型超新星の中心部分が片側に偏っていて、私達がⅠa型超新星を見る方向により色が変化してみえる、というものです。研究グループにより発見されたように両者に強い関係が存在するのですから、”速度勾配”の個性も同じ原因により生じているはずです。20年来天文学者たちを悩ませ、現在の宇宙論に疑問を投げかけたIa型超新星の個性が何故生じるか、これは単に私達が超新星を見るランダムな方向の結果として生じるに”見かけの個性”にすぎなかったのです(図2図3)。

本研究において、一つのアイデアによりⅠa型超新星に関する様々な未解決問題が統一的に解決されました。長い間解明されていなかったIa型超新星の個性の正体が判明しただけでなく、これが見かけの個性にすぎなかったことによりIa型超新星を用いた宇宙論においてこの個性が問題とならないことが示されました。また、やはり見かけの個性にすぎなかったという発見は、これが個性の無い白色矮星の爆発であるという標準理論に対する疑問を払拭したことになります。さらに、Ⅰa型超新星の爆発の詳細は未解明問題でしたが、本研究により、重要な知見が得られましたIa型超新星は片側に偏った爆発であるという発見は、これまで長い間信じられてきた”丸い”爆発に替わるものです。本成果によりIa型超新星の理解が飛躍的に進み、今後Ia型超新星を用いたより高精度の宇宙論研究への道が拓けることが期待されます。


 

図1

20個の超新星について、スペクトル進化のスピードを表す“速度勾配”(縦軸)と、後期スペクトルにおける元素の光の色の変化(横軸)を示したもの。この2つの互いに独立な観測量に強い関係(速度勾配の大きい超新星は上図で右側に、小さいものは左側に現れる)が見られることは、これらの個性の原因が同じものであることの証拠です。


図2

観測データ(図1)から導かれたⅠa型超新星の典型的な構造。“コア”(黄色)は中心に対して片側に偏っている。本研究により、Ⅰa型超新星の個性はこのような偏った爆発が見る方向により生じるものであることが明らかにされました。つまり、“偏った”コアの方向から見た場合、超新星は“速度勾配”の小さい超新星に見え、逆の方向から見た場合には“速度勾配”の大きい超新星に見えるという“見かけの個性”にすぎなかったのです。


図3

“偏った”爆発のコンピューター・シミュレーションの例。白色矮星の内部で中心からずれた場所で核暴走反応が始まった場合の爆発をコンピューター上で計算したもの。観測データから導かれた特徴(図2)を説明できる図。


関連サイト 

 

研究者リスト

前田啓一(IPMU)、S. Benetti(イタリア・パドヴァ天文台)、M. Stritzinger(チリ・ラスカンパナス天文台)、Fritz K. Ropke(ドイツ・マックスプランク研究所)、Gaston Folatelli(チリ・チリ大学)、Jesper Sollerman(スウェーデン・ストックホルム大学)、Stefan Taubenberger(マックスプランク研究所)、野本憲一(IPMU)、Giorgos Leloudas(デンマーク・コペンハーゲン大学)、Mario Hamuy(チリ大学)、田中雅臣(IPMU)、Paolo A. Mazzali(マックスプランク研究所)、Nancy Elias-Rosa(アメリカ・カリフォルニア工科大学)