Belle II 実験のシリコンバーテックス検出器のラダー製作が遂に完了

2018年5月28日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)
 

1.発表概要:
高エネルギー加速器研究機構 (KEK) で行われる Belle II (ベルツー) 実験で用いるため、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) が制作を担当してきた、シリコンバーテックス検出器 (Silicon Vertex Detector, 以下SVD) の第4層ラダー (図1) 16本分 (および予備3本分) の製作が2018年5月24日付で完了しました。

Belle II 実験は、素粒子標準理論を超える「素粒子の新しい理論」を探索することを目的として、茨城県つくば市の KEK の電子-陽電子衝突型加速器 SuperKEKB (スーパーケックビー) と加速器衝突点に置かれる Belle II 測定器を用いた高エネルギー物理学実験で (図2)、前身の Belle 実験からのアップグレードに向けた準備が現在進行中です。SVDは、Belle II 測定器を構成する検出器の1つで、衝突点で引き起こされる素粒子反応で出来た粒子の位置を高精度で決定することを役割とします (図3) 。もし、新しい物理が本当に存在すると、素粒子標準理論の予想とは異なる位置に粒子が現れることがあると考えられているため、SVDの役割は Belle II 実験において大変重要です。Kavli IPMU が担当した第4層のラダーは他の層のラダーと併せて、KEK での調整や性能試験を経て、2018年11月には Belle II 測定器の中心部に導入される予定です。

 

2.発表内容:
【Belle II 実験の概要と SVD の役割】
我々が知る素粒子の反応は、これまでの長い研究によって確立された「素粒子標準理論」によってほぼすべて記述することができます。しかし、暗黒物質の起源や物質優勢な宇宙の根拠など、この宇宙には素粒子標準理論だけでは説明しきれない現象があることもわかっています。そのため、多くの研究者は素粒子標準理論を超える「素粒子の新しい理論」があると考えています。

この新しい理論の解明に挑戦する実験のひとつが Belle II 実験です。Belle II 実験では、KEK の電子-陽電子衝突型加速器 SuperKEKB を使って、B 中間子やタウレプトンなどが関係する素粒子反応を大量に生成します。そして大量に生成された素粒子反応をBelle II 測定器で精密に調べることで、素粒子標準理論の予言と現実の素粒子反応のわずかな違いをとらえようとしています。Belle II 測定器は、生成される粒子の位置、運動量、エネルギー、種類を調べる役割を持った7種類の検出器から構成されます。

SVD は、 Belle II 測定器を構成する検出器のひとつで 、粒子の位置を35マイクロメートル程度の精度で決定することができます。新しい物理が存在すれば、素粒子標準理論の予想とは異なる位置に粒子が現れることがあると考えられているため、粒子の位置を高精度に決定することはBelle II 実験を進める上でとても大切です。
 

【SVD の仕組みと工夫】
四角いシリコン (半導体) の板を粒子の位置を検出するセンサーとして使います。センサーにはおもて面に512本、うら面に768本の「まっすぐな筋 (ストリップ) 」が切ってあり、ストリップの近くを粒子が通過するとそのストリップから電気信号が読みだせるようになっています。おもて面とうら面のストリップは直交しているため、おもて面とうら面の電気信号を同時に読み出すことで、センサーのどの位置を粒子が通過したのかを二次元的に知ることができます

センサーは、ラダーに並べられて電子-陽電子の衝突点を取り囲むように配列され、第1層から第4層それぞれに、14、30、48、80枚のセンサーが使われます。たとえば、80枚のセンサーを用いる第4層では、1本あたり5枚のセンサーを並べたラダーが16本配列されます。

ラダーには、幾つかの設計上の工夫が施されています (図4)。代表的な1つ目は、「chip on sensor」と呼ばれるものです。電気信号を読み出す集積回路をラダーの両端ではなく、センサーの直上に置くという設計によって、集積回路までの配線を短くでき、ノイズを低く抑えられます。

2つ目は、「origami concept」です。センサーのおもて面の各ストリップは、ワイヤーボンドによって集積回路とつながっています。他方、センサーのうら面には読み出し集積回路が搭載されていないので、そのままではうら面の電気信号を読めません。そこで、センサーのうら面に貼り付けたフレックス基板をおもて面に折り返すことで、おもて面に貼り付けてある読み出し集積回路にセンサーのうら面の電気信号を送れるようにしています。
 

【Kavli IPMU の SVD 制作の道のり】
Kavli IPMU では、2011年から SVD 第4層ラダーの開発と製作を開始しました。まず、クラス1000の高い清浄度を持つクリーンルームを Kavli IPMU 棟内に設置しました。続いて SVD ラダー製作に必要となる機材、例えばラダー内のセンサーの位置を10マイクロメートルの精度で測定できる「画像測定器」、センサーと読み出し集積回路を直径25マイクロメートルのアルミニウム細線でつなぐ「ワイヤーボンダー」、正確な位置に正確な量の接着剤を吐出するための「産業用ロボット」などを導入していきました。

2012年頃にラダーを製作する手法の研究に進み、専用治具の開発、接着剤の粘度を適切に保つ工程の導入、失敗率をほぼ0%に抑えたワイヤーボンド手法の開発とプロフェッショナルの養成、完成後ラダーから電気信号を読み出す試験システムの開発等を行いました。

2016年1月には、記念すべき「最終モックアップラダー」を製作、ラダー製作のすべての工程が完成していることを確認しました。2016年3月には電気的に完全に動作する初めてのラダーとなる「プロトタイプラダー」を完成させ、2016年5月からラダーの量産に移行しました。

次に重要な課題となったのは、一様な品質のラダーを2年近く作り続けることです。そこで、厳密な品質管理の方法を導入しました。全工程の標準化、可能な限りの機械化、標準工程に沿った100ページに及ぶマニュアルの作成、作業者の免許制の導入等により、作業者による品質の不定性を排除しました。このほか、受入部品の全数試験によるトレーサビリティの確保、ラダー製作中に発生したエラーを速やかに検知するための複数のチェックポイントの設定、完成したラダーの品質を保証するための外観検査・組み立て精度検査・電気性能試験などに注意を払いました。

そして2018年5月24日、第4層を構成する全16本 (および予備3本) の SVD ラダーの製作が完了しました (注1)。
 

【今後の予定】
第4層ラダーのうち8本は、他の層のラダーと合わせて既に半円筒形に組み上げられています (図5)。今後、残りのラダーも組み上げた後、調整と宇宙線による性能試験を経て、2018年11月に Belle II 測定器の中心部に導入される予定です。そして、2019年2月には、SVD を含むすべての検出器が稼働した状態で、Belle II 実験の物理データの取得が開始され、いよいよ本格的な物理データの解析が始まります。Kavli IPMU では、これまでのSVDラダー製作の経験を生かして、とくに粒子の位置情報を活用して行える「素粒子の新しい理論」の探索に挑んでいく予定です。
 

注1) SVD の第4層ラダーの製作には、樋口岳雄准教授、森井友子特任研究員、Changwoo Joo 特任研究員、Antonio Paladino 学術支援専門職員が Kavli IPMU のスタッフとして携わりました。また、東京大学理学系研究科、KEK、東京理科大学、東北大学、新潟大学、日本歯科大学、慶北大学 (韓国)、ソウル大学 (韓国)、国立核物理研究所 (イタリア) のスタッフや大学院生の協力を経て今回の量産完了へと至りました。

参考画像
記事中に掲載した画像以外の写真は、動画とともに http://web.ipmu.jp/press/201805-SVDladder/index.html を参照下さい。実験室の様子や製作工程の動画を掲載しています。

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3. 問い合わせ:
【研究内容に関すること】
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 准教授
樋口 岳雄 (ひぐち たけお)
TEL:04-7136-6541
E-mail:takeo.higuchi_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

【報道に関すること】
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森真里奈 
TEL: 04-7136-5977
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