日本天文学会研究奨励賞受賞 --高田昌広特任准教授--

2008年3月27日
数物連携宇宙研究機構(Institute for the Physics and Mathematics of the Universe : 略称 IPMU)

文部科学省世界トップレベル国際研究拠点IPMU(東京大学数物連携宇宙研究機構)の高田昌広特任准教授が、見えないはずの暗黒物質を「見る」方法を開発し、すばる望遠鏡等で実際に暗黒物質を「見た」功績で、日本天文学会研究奨励賞を受賞しました。2008年3月26日、日本天文学会の春季年会において、授賞式が行われました。
日本天文学会は1908年に設立され、今年で丁度百年の歴史を誇ります。研究奨励賞は最近5年間における天文学への寄与が顕著なる35歳以下の若手研究者に授与されます。また、IPMUは、2007年10月1日に文部科学省世界トップレベル研究拠点の一つとして東京大学に発足し、数学、物理学、天文学の英知を結集して、宇宙の謎に迫る研究を推進しています。

 高田昌広特任准教授高田昌広特任准教授

  • 発表タイトル
    • 見えない暗黒物質を見る 〜IPMU高田昌広准教授 日本天文学会研究奨励賞受賞〜
  • 発表日時
    • 2008年3月27日(木)

発表概要

日本天文学会は、3月26日、最近5年間における天文学への寄与が顕著なる35歳以下の若手研究者に授与される研究奨励賞の受賞者に、東京大学数物連携宇宙研究機構の高田昌広(たかだ まさひろ)特任准教授を選定したと発表しました。賞状,賞牌(メダル)および賞金(10万円)を併せ授与されました。
宇宙の物質の8割以上は暗黒物質と呼ばれる、直接見ることの出来ない、まだ正体の分からないもので出来ています。高田氏はこの暗黒物質が宇宙の中でどこにどれくらいあるのかを「見る」方法を理論的に開発し、更にすばる望遠鏡などを使ってその「観測」に成功しました。その結果、暗黒物質が確かに銀河の集団である銀河団の中に膨大な量で集まっていることだけでなく、その集まり具合が丸くはなく楕円状に伸びていること、また中心から離れていくにつれて予測通りに薄まっていくことを世界で初めて定量的に示しました。この発見は最新の理論的な予測を観測的に実証したものです。
高田氏の用いる暗黒物質の「観測」の手法は暗黒物質自身を見るものではありません。アインシュタインの相対性理論によると、光も普通の物体と同じように重力に引っ張られて「落ち」ます。銀河団の更に何億光年も向こうにある遠くの銀河から来る光は、銀河団の中の暗黒物質の重力に引っ張られて曲がり、虫眼鏡レンズの端で見た文字のように遠くの銀河の形が歪んでしまいます。つまり銀河団が背景銀河に対してレンズのような役割を果たすので、この現象は「重力レンズ」効果と呼ばれています。高田氏はこの形の歪み具合に注目し、系統的に調べることで、銀河団の中に暗黒物質がどのように分布しているのかを測定しました。今までの似たような観測に比べて遥かに精密で、また銀河団中心部から外縁部に渡り「観測」することに成功したのです。この成果により今回の研究奨励賞に輝くこととなりました。
昨年10月1日に文部科学省「世界トップレベル国際研究拠点」の一つとして東京大学に発足したIPMUは、数学、物理学、天文学の英知を結集し、宇宙の謎に迫ることを目的とします。特に未解明の暗黒物質、暗黒エネルギーの正体に迫るのが大きな目標です。英語を公用語とし、多数の外国人を含む一流の研究者を集め、国際的な環境で研究を行います。IPMU発足後間もなく高田氏は国際的な研究環境を求めて、終身雇用の東北大の職を捨て、敢えて10年の任期付のIPMUへの異動を決め、3月1日に特任准教授として着任しました。高田氏は「今回の受賞によって、目に見えない宇宙の神秘は人類の科学力で解明できる可能性があることを確信しました。これからも宇宙の暗黒面の解明に更に迫っていきたいと思います。」と意気込みを示しています。また、村山斉機構長は「この分野での研究は今までの考え方を打ち破る柔らかい頭脳を持った若い力が必要です。高田氏の受賞で、まさにその方針を再確認できたと思います。」と喜んでいます。高田准教授はペンシルヴァニア大学で研究員生活を過ごし、年齢や地位にとらわれず、優秀な頭脳を最大限に活かそうとするアメリカの雰囲気を日本に持ち帰ってきました。
世界トップレベル研究拠点プログラムでは平成19年度、東京大学を含め全国5拠点が選定されました。iPS細胞に関する研究成果で世界中から注目されている京都大学の山中教授の所属する京都大学再生医療拠点もその一つです。東京大学の岡村定矩研究担当理事・副学長は、「このプログラムに選ばれた拠点の研究者による相次ぐ朗報であり、各拠点が互いに刺激しあってそれぞれの分野で世界トップを目指すことが重要。」と語っています。


受賞内容解説

宇宙の観測では、過去数年間に驚くべき事実がはっきりしました。我々の周りの全ての物を構成する原子は実は宇宙の全エネルギーに対しては5%にも満たないということです。宇宙の物質のほとんどは目で見ることの出来ない、今まで知られていない新しい種類の物質で、暗黒物質(*1)と呼ばれています。今のところ暗黒物質が何なのか全くわかっていない一方、暗黒物質が無いと宇宙に人類は生まれることはありませんでした。

そもそも、私たちの太陽系は天の川銀河の中を秒速220kmという物凄いスピードで回っています。銀河の重力が引っ張ってくれないと太陽系はその50億年の歴史のうちわずか3千万年で銀河系を飛び出し、それ以来漆黒の宇宙空間を漂ったはずです。ところが天の川に見える沢山の星を全部合わせてもそれほどの重力を作ることができません。実は銀河は暗黒物質で満ち満ちていて、その重力のお蔭でやっと太陽系は銀河の中に留まっていることができるのです。
また、宇宙の始まりのビッグバンはどこを取っても代わり映えのしない、殆どのっぺらぼうの熱いガスでした。光があまりに強かったため、原子は光の圧力で跳ね返され、集まることができませんでした。そこで光と反応しない暗黒物質がまず集まり、その重力で周りのガスを集めて星や銀河を作ったのです。こうして暗黒物質は私たちの銀河や太陽系、そしてわれわれ生命の源である太陽やわれわれを支える地球を形作るのに必要だったわけです。
このように暗黒物質は光と反応しないので、直接望遠鏡で見ることはできません。それではどうやって暗黒物質が確かに銀河の中に満ちていて、その重力で銀河や銀河団をまとめていることがわかるのでしょうか?
高田氏が注目した手法は、アインシュタインの相対性理論(*2)を使うものです。アインシュタインの有名な方程式、E=mc2*3)によると、エネルギーEと重さmは同じです。私たちの身の回りの重い物は地球の重力に引っ張られて落ちます。学校では光は真空ではまっすぐ進むと教わりますが、実はそうではありません。光は重さこそありませんが、エネルギーを持っているので、やはり重力で落ちるのです。このことは様々な観測で実証されていて、この効果を知らないとカーナビで使われているGPS (Global Positioning System)は実は機能しません。
銀河団の中に暗黒物質が集まっていると、強い重力を作ります。銀河団の背景にあり、更に何億光年向こうにある銀河から放たれた光は、銀河団の重力で落ち、その軌道は曲げられます。丁度でこぼこのレンズで見た像が歪んで見えるのと同じように、暗黒物質によって曲げられた光は遠くの銀河を歪んで見せます。この歪み具合を系統的に調べることで、光がどれだけ曲げられたか、そしてその重力の源である暗黒物質の集まり具合が分かる訳です。
ただし、この「重力レンズ(*4)」効果は一般にとても弱く、銀河の形が最大でわずか1割程度歪むだけです。この微妙な効果を精密に観測し、暗黒物質の分布を調べるのは簡単ではありません。しかも銀河固有の形状はまちまちであり、大気のゆらぎの影響(シーイング)は観測される銀河像をさらに変形させます。こうした固有形状の偶然性による歪み、シーイングの影響による歪みを取り除き、微弱な真の重力レンズによる効果を取り出さないといけません。
高田氏はまずこうした銀河の形の微妙な歪みを系統的に調べる手法を理論的に開発しました。そして理論だけでなく、世界最大の広視野(一度に観測できる空の広さ)を誇るすばる望遠鏡に注目しました。すばるでは広い視野のため、銀河団全体、つまり中心部からかなり離れたところまで一度に観測することができます。自身の開発した理論的手法を実際の観測に結びつけることにより暗黒物質の「観測」に挑みました。
高田氏のチームはこの困難な問題を解決し、銀河団の中で暗黒物質がどのように分布しているかを、今までのどの観測よりも精密に、また広い範囲に渡る領域について決めることに成功しました。この研究成果は、ハッブル宇宙望遠鏡とすばる望遠鏡の観測結果を組み合わせることで可能になりました。ハッブル望遠鏡は、地上大気の影響を受けないため非常にシャープな銀河像を提供しますが、その視野は狭く、銀河団中心領域にしかデータがありません。一方、先に述べたようにすばる望遠鏡は、その広視野のために一度に銀河団全領域を見渡すことができます。つまり、衛星と地上広視野望遠鏡それぞれの利点を最大限活用することで、かつてない精度の測定を実現することができたのです。この意味で、今回の研究は、その後の銀河団重力レンズ研究の指針を示した先駆的な仕事だと言えます。

図2は、暗黒物質の集まり具合(密度)が銀河団中心から離れるにつれてどのように薄まっていくかを示したものです。実線は、現在のスーパーコンピュータを使って得られた最新のシミュレーションの予言で、観測結果を良く再現していることが分かります。一方で、図1からも分かるように、暗黒物質の分布が完全な球形ではなく、少し伸びたような楕円形をしているのが分かり、これが暗黒物質の性質をどのように反映しているのかなどの問題を突き詰めるために、今後のさらなる研究が望まれます。
こうして高田氏の研究は、暗黒物質が宇宙初期からどのように集まり、今見られるような星、銀河、銀河団へと成長していったのか、現在の科学での理解が正しいことを示しました。私たちの銀河系の誕生の歴史をひもといたということができます。


図1

 

銀河団のすばる望遠鏡の観測に暗黒物質の分布を重ねたもの。暗黒物質の分布は完全な丸ではなく、上下に伸びていることがはっきりわかる。図の一辺は約7億光年である。(Umetsu, Takada, Broadhurst Mod. Phys. Lett. A, 22, 25, 2007)


図2 

 

暗黒物質の密度が銀河団の中心部から離れるにつれてどのように薄まっていくかの様子を示す。ハッブル宇宙望遠鏡とすばる望遠鏡の結果を組み合わせることで、銀河団中心部から外縁部に渡り暗黒物質の分布を復元することに成功した。実線は理論モデルの予測で、観測結果を再現できる。(Broadhurst, Takada, Umetsu et al., ApJ, 619, L143, 2005)

 

脚注 

(*1)暗黒物質

近年の様々な宇宙の観測で、宇宙の物質の8割以上は目で見ることができない物質で出来ていることがはっきりした。これを暗黒物質という。暗黒物質は非常に小さく、殆ど普通の原子にぶつからないので、地球をいつもするりと通り抜けている。しかしながら、宇宙の構造の形成、最初の星に始まり、銀河、銀河団と成長した構造は暗黒物質無くしては出来なかったと考えられている。現在その正体は全く不明だが、ビッグバンで作られた今まで見つかっていない重い素粒子であるという理論が有力である。

(*2)一般相対性理論

アインシュタインが重力の法則を説明するために考えだした理論。ガリレオのピサの斜塔の実験で有名なように、重い物も軽い物も同じように落下する。ニュートンの重力理論ではこの事実を、物の動きにくさを示す「質量」と重力の強さを示す「重さ」が同じであると仮定して説明していた。しかし重力の振る舞いを一つ一つの物に作用する力としてではなく、時間と空間の本質的な性質として考えると、このことは自然に理解できる。この理論により、光のように重さがないものでもエネルギーがあれば重力に引っ張られて落ちることが示された。

(*3)E=mc2 

アインシュタインが発見した自然科学で一番有名な方程式。エネルギーEと物の重さmは同じであるという。二つを結びつけるのは光の速さc=300,000,000 m/sで非常に大きな数なので、わずかな重さがとてつもなく大きなエネルギーになることを示している。実際、角砂糖の重さをエネルギーとして解放すると広島の原爆に匹敵する。

(*4)重力レンズ

アインシュタインの相対性理論によるとエネルギーと重さは等価なので、重力によって重さを持つ物体だけでなく、重さを持たないがエネルギーを持つ光も引っ張られて曲げられる。このことは例えば日食の際に太陽のそばの星の見かけの位置が本当の位置と違っていることを観測して実証された。銀河団の暗黒物質のように多くの物質が集まって強い重力を作っている場合、更に遠方の銀河から来る光が曲がり、ちょうどレンズで光を集めるような効果が起きる。これを重力レンズという。


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