2024年10月11日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU, WPI) の松本重貴 (まつもと しげき) 教授が第24回 (2024年度) の素粒子メダル (Particle Physics Medal of Japan Particle and Nuclear Theory Forum, Physical Society of Japan) の受賞者の一人に選ばれました。今回の素粒子メダルは、松本教授とKavli IPMU シニアフェローを兼ねる野尻美保子 (のじり みほこ) 高エネルギー加速器研究機構教授、Kavli IPMU 客員上級科学研究員を兼ねる久野純治 (ひさの じゅんじ) 名古屋大学大学院理学研究科教授の3名での共同受賞で、2024年9月16日-19日に北海道大学で開催された日本物理学会第79回年次大会において授与が行われました。
素粒子メダルは、素粒子物理学、原子核物理学、および関連分野の発展を目的とする理論研究者の集まりである日本物理学会の素粒子論委員会が選出し、素粒子論およびその周辺分野で挙げられた顕著な業績を顕彰するとともに、次世代のさらなる独創的研究を推奨することを目的として、これに貢献した研究者に授与されるものです。これまで、ニュートリノ振動の理論的予測で有名な牧二郎氏や量子電気力学(QED)の精密計算で著名な木下東一郎氏などが受賞しています。また、Kavli IPMU 主任研究者や「浜松プロフェッサー」などを歴任してきた Kavli IPMU の柳田勉 (やなぎだ つとむ) 客員上級科学研究員も第20回 (2020年度) の素粒子メダルを受賞しています。
今回の松本教授らの2024年度素粒子メダル受賞業績題目は「宇宙暗黒物質の対消滅におけるしきい値共鳴効果の発見」で、松本教授らの研究グループが2003年にアメリカ物理学会の発行するフィジカル・レビュー・D誌 (Physical Review D) に発表した “Unitarity and higher-order corrections in neutralino dark matter annihilation into two photons” と2004年にフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に発表した "Explosive Dark Matter Annihilation" の2編の論文が対象となりました。選出理由は「ダークマターの対消滅の際、短距離で働く引力があると消滅断面積が非摂動論的に増大され、場合によっては4桁以上も大きくなる効果を理論的に示した。ゾンマーフェルト効果と呼ばれている。言うまでもなく、ダークマターの正体は宇宙と素粒子を跨ぐ現代物理学の最大の問題である。その内 WIMP は超対称性理論や余剰次元理論などで予言されるダークマターの候補であり、長らく理論的にも実験的にも最も注目されてきた。特に今後 higgsino、wino については直接探索、間接探索、そして加速器での探索でようやく手が届きかけているところであり、データはゾンマーフェルト効果を無視して解釈することはできない。このためこの研究はますます重要性を深めている局面にある。もちろんダークマターは WIMP であるかどうかはわからないが、今後少なくとも数十年間は実験計画に大きな影響をあたえつづけることは間違いない。WIMP でなくても、宇宙初期の freeze-out の計算と間接探索の銀河内での消滅については、一般にゾンマーフェルト効果の考慮が必要となる。この研究のインパクトの大きさは650件以上の引用にも顕れている。理論的にも技術的に難しい計算であり、素粒子論メダルにふさわしい業績である」とされました。つまり、ダークマターの有力候補として知られる WIMP (Weakly Interacting Massive Particle) が対消滅を引き起こす際に消滅断面積が押し上げられるゾンマーフェルト効果を発見し、この効果はダークマター探索において不可欠な効果として考慮されるなど今なお大きな影響を与えているほか、理論的にも技術的にも難しい計算を成し遂げた上での発見であったことが評価されました。
松本教授は今回受賞対象となった研究について下記のように述べています。
「本研究は、現在、カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の客員上級科学研究員でもある久野純治氏(名古屋大学)とシニアフェローでもある野尻美保子氏(高エネルギー加速器研究機構)と2000年初頭に始めた研究で、暗黒物質に力が働くと、その対消滅断面積等が非常に増大する機構を明らかにしたものです。この機構は、その後、瀬波大土氏(京都大学)や、白井智氏(Kavli IPMU)、張ケ谷圭介氏 (シカゴ大学) との共同研究を通じ、様々な素粒子現象論に応用されました。2011年にヒッグス粒子が発見された後には、柳田勉氏(Kavli IPMU、上海交通大)と同研究機構客員上級科学研究員でもある伊部昌宏氏(宇宙線研究所)と共に超対称性模型 (Pure Gravitation Mediation)を構築し、『アノマリー伝達機構 (※) に基づいた超対称模型が最も有望な新物理模型である』という見解を示しました。同時に、多くの研究者・研究グループからも同見解が示され、そこで予言される暗黒物質候補が上述機構と密接に関わることが判明したため、幸運にも本研究の重要性を多くの方に再認識いただけました。
また、本研究の成功は上述共同研究者との活発な議論なしにはあり得なかったことはもちろん、更に二人の研究者との議論があってこそのことと思います。一人は私の指導教官であった吉村太彦氏(岡山大学)です。私は東北大学の大学院生だったころ、“素過程に与える環境効果” の研究をしていました。研究の過程で、新しい問題に挑戦する際には、第一原理から出発して議論を発展させる重要性と、有効理論を構築する際に、重い粒子ではなく、軽い粒子を積分(インテグレート・アウト)することで議論が簡明になることもある、ということを指導いただきました。二人目は、私が大学院生のころも東北大学の教員であった隅野行成氏(東北大学)です。隅野氏は本研究の基礎となる閾値異常の研究に長年携わっておられ、私と同期の学生の論文指導もされていました。その際、図々しくもその指導の場に参加させていただき、関連する物理の知識を学ばせていただくことができました。このお二方との議論は、本研究の達成に無くてはならないものであったと思っています。本当にありがとうございました。」
※アノマリー伝達機構:G. Giudice氏(CERN)、M. Luty 氏(カリフォルニア大学デービス校)、 村山斉氏 (カリフォルニア大学バークレー校、Kavli IPMU)、R. Rattazzi氏(EPFL)とL. Randall氏(ハーバード大学)、R. Sundrum氏(ジョンズホプキンス大学)により提唱された超対称性の破れを伝達する機構。観測された125GeVのヒッグスの質量を良く説明する機構としても知られている。
松本氏の経歴等
学歴
2000年 東北大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了
職歴
2000年 日本学術振興会特別研究員
2003年 東京大学宇宙線研究所研究員
2005年 高エネルギー加速器研究機構研究員
2007年 東北大学理学研究科助教
2008年 富山大学大学院理工学研究部准教授
2010年-2015年 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 特任准教授
2015年-2019年 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 准教授
(2017年-2022年 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 主任研究者)
2019年- 東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) 教授
受賞歴
2000年 青葉理学振興会賞
2007年 素粒子メダル奨励賞
関連サイト
素粒子メダル受賞者リスト (素粒子論委員会のページ)
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