電波望遠鏡を用いた中性子星近くのダークマターの探索

2020年12月18日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Oscar Macias (オスカー・マシアス) 特任研究員を含む  Kavli IPMU や ミシガン大学などの研究者らからなる国際共同研究チームは、米国ウェストバージニア州の Green Bank (グリーンバンク) 望遠鏡とドイツの Effelsberg (エフェルスベルク)  望遠鏡の二つの電波望遠鏡を用い、理論的に存在が予言されている未発見粒子でダークマター候補の一つともされるアクシオンからの信号を探索しました。研究グループは今回、天の川銀河中心と近傍の2つの中性子星を対象として、アクシオン質量に対応する電波のデータを収集し分析しました。その結果、アクシオンがダークマターである証拠となる信号は見られませんでしたが、アクシオンの質量範囲に強い制限を与えることができました。本研究成果は、米国物理学会の発行するフィジカル・レビュー・レター誌 (Physical Review Letters) に2020年10月20日 (米国東部時間) 付で掲載されました。

 

2. 発表内容
様々な宇宙観測による間接的な証拠から、私たち宇宙の物質の約85% は、ダークマター (暗黒物質) と呼ばれる未知の物質で構成されていること、そしてダークマターがなければ、星、銀河、我々も誕生しなかったことがわかっています。しかし、未だ決定的で直接的な検出はされておらず、ダークマターがどのような性質を持つどういった物質なのか具体的なことはまだ分かっていません。そのため現在、実験と理論の両面から活発に研究が行われています。そのようなダークマターの有力な候補の一つとして考えられているのが、理論的に存在が予言されていながら未発見の粒子であるアクシオンです。

アクシオンは「強いCP問題」と呼ばれる観測と理論の矛盾を解決する粒子として存在が予言されています。素粒子標準模型は、自然の4つの基本的な力のうち重力を除く3つの力、電磁気力、弱い力、強い力の3つを説明し、素粒子とその振る舞いを記述している理論です。この理論では、弱い力と強い力の両方においてCP対称性の破れ (注1) が起きるとされています。しかしながら、CP対称性の破れは弱い力のみでしか観測されていません。

1977年、素粒子物理学者の Roberto Peccei 氏と Helen Quinn 氏は、ペチャイ-クイン機構を提唱し、強い力における CP対称性の破れの項を抑制し、理論と観測とを一致させ矛盾を解決する新しい対称性を仮定しました。その直後、Frank Wilczek (フランク・ウィルチェック, 2004年ノーベル物理学賞受賞者) 氏と Steven Weinberg (スティーブン・ワインバーグ, 1979年ノーベル物理学賞受賞者) 氏は、このメカニズムがまったく新しい粒子を生み出すことに気づきました。そして、Wilczek 氏は、強いCP問題を「綺麗にする」能力ということで、当時人気のあった食器用洗剤の名前にちなみ、最終的にこの新しい粒子をアクシオンと呼びました。

アクシオンは非常に軽くて数が多く、電荷を持たない粒子である必要があります。この特徴により、アクシオンはダークマターの有力な候補の一つと考えられています。もし、ダークマターがアクシオンで出来ているという証拠が得られれば、それは現代科学最大の発見の一つとなり得ます。

更に、理論物理学者の Pierre Sikivie 氏は、アクシオンには別の注目すべき特性があることを1983年に明らかにしています。その特性とは、電磁場が存在する場合に、アクシオンが容易に検出可能な光子へと自発的に変換される場合があるということです。それまでは完全に検出不可能と考えられていたものが、アクシオンと強い磁場が十分に存在していれば、検出可能であることが分かったのです。

なかでも、中性子星の一部は宇宙で最も強い磁場を持ちます。加えて、中性子星の質量は非常に重いため、大量のアクシオンを引き付けている可能性があります。そのため近年、物理学者達は、中性子星の周辺領域でアクシオンからの信号を探索することを提案しています。こうした流れを受け、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Oscar Macias (オスカー・マシアス) 特任研究員を含む  Kavli IPMU や ミシガン大学などの研究者らからなる国際共同研究チームは、米国ウェストバージニア州の Green Bank (グリーンバンク) 望遠鏡とドイツの Effelsberg (エフェルスベルク)  望遠鏡の二つの電波望遠鏡を用い、現在まさにアクシオンからの信号の探索を行っています。

研究チームは今回、強い磁場を持っていることが知られている近傍の2つ中性子星 (RX J0720.4-3125 と RX J0806.4-4123) と、 5億個の中性子星が存在していると推定される我々の天の川銀河中心の探索を行って、5から11マイクロ電子ボルトのアクシオン質量に対応するとされる1GHz (1ギガヘルツ) の領域の周波数をサンプリングし解析しました。その結果、アクシオンからのものと思われる信号は見つからなかったことから、研究チームは数マイクロ電子ボルトの質量のアクシオンについてはこれまでで最も強い制限を課すことができました。今後、研究チームの更なる探索と解析により、ダークマター候補とされるアクシオンの手がかりが得られることが期待されます。
 

3. 発表雑誌
雑誌名:  Physical Review Letters
論文タイトル: Green Bank and Effelsberg Radio Telescope Searches for Axion Dark Matter Conversion in Neutron Star Magnetospheres 
著者: Joshua W. Foster (1), Yonatan Kahn (2), Oscar Macias (3,4), Zhiquan Sun (1), Ralph P. Eatough (5,6), Vladislav I. Kondratiev (7,8), Wendy M. Peters (9), Christoph Weniger (4), and Benjamin R. Safdi (1)

著者所属:
1. Leinweber Center for Theoretical Physics, Department of Physics, University of Michigan, Ann Arbor, Michigan 48109, USA
2. University of Illinois at Urbana-Champaign, Urbana, Illinois 61801, USA
3. Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe (WPI), University of Tokyo, Kashiwa, Chiba 277-8583, Japan
4. GRAPPA Institute, Institute of Physics, University of Amsterdam, 1098 XH Amsterdam, Netherlands
5. National Astronomical Observatories, Chinese Academy of Sciences, 20A Datun Road, Chaoyang District, Beijing 100101, People’s Republic of China
6. Max-Planck-Institut fur Radioastronomie, Auf dem Hugel 69, D-53121 Bonn, Germany
7. ASTRON, the Netherlands Institute for Radio Astronomy, Oude Hoogeveensedijk 4, 7991 PD Dwingeloo, Netherlands
8. Astro Space Centre, Lebedev Physical Institute, Russian Academy of Sciences, Profsoyuznaya Street 84/32, Moscow 117997, Russia
9. Naval Research Laboratory, Remote Sensing Division, Code 7213, Washington, DC 20375-5320, USA

DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.125.171301  (2020年10月20日掲載)

論文のアブストラクト (Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)
 

4. 用語解説
注1) CP対称性の破れ
CP対称性のCとPはそれぞれ、粒子と反粒子の電荷 (Charge) を入れ替えるC対称性と、鏡写しのように空間の方向を反転させるP対称性 (Pは日本語で偶奇性を示すParityの頭文字) のこと。対称性が保たれているとは、変換を行っても物理法則が変換前と同様に成り立つことを示す。CP対称性の破れとはつまり、ある粒子の物理法則と鏡の中の反粒子の物理法則が異なることを示す。


5. 問い合わせ先
(研究内容について)
Oscar Macias (オスカー・マシアス) [英語での対応]
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任研究員/
アムステルダム大学 GRAPPA (Gravitation AstroParticle Physics Amsterdam) センター博士研究員
E-mail: oscar.macias_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森 真里奈 
E-mail:press_at_ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977
*_at_を@に変更してください


関連リンク
Looking for Dark Matter in Neutron Star Light
(フィジカル・レビュー・レター誌のニュース記事, 英語)