天の川銀河の過剰なガンマ線放出の原因はミリ秒パルサーであることを解明

2022年6月10日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Oscar Macias (オスカー・マシアス) 特任研究員(研究当時、現アムステルダム大学 GRAPPA (Gravitation AstroParticle Physics Amsterdam) センターの博士研究員)を中心とするオーストラリア国立大学天文学・天体物理学研究科などの研究者からなる国際共同研究チームは、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡(注1)が10年以上前に発見していた天の川銀河中心部から届く高エネルギーガンマ線の過剰な放出、銀河中心過剰 ‘Galactic Centre excess’ (GCE)(注2)について、ミリ秒パルサー(注3)と呼ばれる高速で回転する古い中性子星が原因である可能性が高いことを明らかにしました。本研究成果は、国際的な天文学専門誌ネイチャー・アストロノミー誌(Nature Astronomy)に4月28日付けで掲載されました。

2. 発表内容
【背景】
2008年6月に打ち上げられた高エネルギーガンマ線観測用の天文衛星であるフェルミガンマ線宇宙望遠鏡は、その主要な検出器の一つである、大面積望遠鏡(Large Area Telescope, LAT)によるガンマ線測定データから、天の川銀河の中心から過剰なガンマ線が放出されていることを2009年に検出しました。

銀河中心部は、暗黒物質(ダークマター)が高密度で存在している領域とされていることから、これまで一部の物理学者達は、フェルミガンマ線宇宙望遠鏡が観測した、この天の川銀河中心部からの高エネルギーガンマ線の過剰な放出の要因は、暗黒物質が対消滅することで引き起こされたと考えてきました。

ところが2020年、アムステルダム大学 GRAPPA (Gravitation AstroParticle Physics Amsterdam) センターの博士研究員を兼務する東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Oscar Macias  (オスカー・マシアス)特任研究員(研究当時)を中心とする、 カリフォルニア大学アーバイン校などの研究者らからなる国際共同研究チームにより、天の川銀河中心部からの過剰なガンマ線は、暗黒物質の有力な候補の一つとされるWIMP(ダークマターの候補とされる仮説上の粒子) の対消滅によって生じたという可能性を否定する研究結果が発表されました。

最近の研究では、この天の川銀河中心部からの過剰なガンマ線放出の分布は、ダークマターの対生成を起源とする滑らかな球状あるいは楕円形状ではなく、棒状の構造を持っているため、天体物理学的な起源を持っているのではないかと考えられています。この天体物理学的な現象には、銀河中心領域での星形成、分子ガスと高エネルギー粒子の衝突からの放射、高速に自転している中性子星(ミリ秒パルサー)からの放射などが考えられますが、今回、アムステルダム大学 GRAPPA (Gravitation AstroParticle Physics Amsterdam) センターの博士研究員を兼務する東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU) の Oscar Macias  (オスカー・マシアス)特任研究員(研究当時)を中心とし、オーストラリア国立大学天文学・天体物理学研究科などの研究者からなる国際共同研究チームは、天の川銀河中心からのガンマ線の過剰放出を説明するこれらの天体物理学的な現象の中でも、ミリ秒パルサーがその原因である可能性が高いことを発表しました。

【研究手法・成果】
ミリ秒パルサーの生成は通常、大質量星の終焉である超新星爆発の残骸として形成される中性子星が、X線連星期の伴星から物質が降着し、ミリ秒周期までスピンアップするという「リサイクル」シナリオによると考えられています。このシナリオの場合、一般に超新星爆発が球対称でないために、運動量保存から中性子星が大きな速度を持ち、今の場合は銀河中心領域から飛び出してしまうことが期待されます。

カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)のOscar Maciasオスカー・マシアス氏特任研究員(研究当時)らの研究チームは、もう一つの可能性として、太陽のような小さい質量の終焉で形成される白色矮星と伴星から形成されるミリ秒パルサーのシナリオに着目しました。このシナリオでは、白色矮星に伴星から質量降着が起こり、白色矮星がチャンドラセカール限界(注4)と呼ばれる臨界質量(太陽質量の約1.4倍)まで太ると、その後重力崩壊して、中性子星になるというシナリオで、「降着誘発崩壊(accretion-induced collapse, AIC)」(注5)と呼ばれます。超新星爆発でできる場合と比較して、このシナリオの場合は超新星爆発を伴わないので、できた中性子星は大きな速度を持つことはなく、銀河中心領域にとどまることができると期待されます。このシナリオは、現在知られている約300個のミリ秒パルサーのうち半数が、星の集団である球状星団で発見されているという事実とも合致しています(逆に、超新星爆発でできたミリ秒パルサーの場合は、それらは球状星団から飛び出してしまうと考えられます)。研究チームが作成した新しいモデルでは、ミリ秒パルサーの集団からのガンマ線放出を足し上げることで、銀河中心からの過剰なガンマ線放出の全強度とそのエネルギースペクトルの両方を説明できます。

【波及効果】
この研究成果により、天の川銀河中心部に新たな天体物理学的天体が存在する証拠が得られたことになり、天の川銀河の星形成史に光を当てることができます。ミリ秒パルサーは、我々の最も近くにあるアンドロメダ銀河からのガンマ線信号など、高エネルギー天体物理学の他の未解決問題も解明できる可能性があります。

3.用語解説
(注1)フェルミガンマ線宇宙望遠鏡
2008年6月11日NASAによって打ち上げられ、2008年8月からアメリカ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、スウェーデンによる運用が開始されました。
フェルミガンマ線宇宙望遠鏡は、大面積望遠鏡 (LAT) とガンマ線バーストモニター (GBM) という2つのガンマ線観測装置を搭載しています。LAT は 20 MeV から 300 GeV 以上のエネルギー帯域の、高エネルギーガンマ線の検出・撮像装置です。活動銀河、超新星残骸、パルサーのような高エネルギーガンマ線天体や、暗黒物質、宇宙線、星間物質を観測対象としています。一方、GBM は 8 keV から 30 MeV のエネルギー帯域でガンマ線バーストのような突発天体を観測します。

(注2)銀河中心過剰 Galactic Centre excess(GCE)
フェルミガンマ線宇宙望遠鏡の大面積望遠鏡で観測された銀河の中心領域における過剰なガンマ線放出です。近年、GCEは球状に対称ではなく、銀河バルジにおける恒星質量の空間的分布に近いことがわかっています。

(注3)ミリ秒パルサー Millisecond pulsars
大質量の恒星が爆発して形成された中性子星のうち、自転するものをパルサーと呼びます。自転周期が1ミリ秒から10ミリ秒の範囲にあるものがミリ秒パルサーです。ミリ秒パルサーは、電波、X線、ガンマ線で検出され、より長い自転周期のパルサーが、降着の過程によって加速したものと考えられています。

(注4)チャンドラセカール限界
縮退したの電子の圧力により支えられる白色矮星の質量の上限値で、太陽質量の1.46倍程度です。白色矮星と恒星の連星系において、恒星からの降着でガスを獲得した白色矮星の質量がこの限界を超えるとIa型超新星爆発になります。

(注5)降着誘発崩壊 accretion-induced collapse (AIC)
超巨大な酸素ネオン白色矮星(WD)が連星から物質を取り込み、チャンドラセカール限界に近づき、MgとNa核の電子捕獲により電子縮退圧の支持を失って中性子星に崩壊するときに起こる現象を降着誘発崩壊といいます。
炭素と酸素からなる白色矮星がチャンドラセカール限界に近づいた場合には爆発的炭素燃焼が起こり、Ia 型超新星爆発になります。
爆発で失われる質量が少ないため、連星系が乱れることもなく、大きな出生時のキックを受けることもありません。したがって、降着誘発崩壊で形成されたミリ秒パルサーは、バルジの重力ポテンシャルに捕捉されたまま、大きな集団を形成し、銀河バルジ恒星と銀河中心で過剰なガンマ線放出GCEの形態の一致が説明できる可能性が高くなります。

4. 発表雑誌
雑誌名: Nature Astronomy
論文タイトル: Millisecond pulsars from accretion-induced collapse as the origin of the Galactic Centre gamma-ray excess signal
著者: Anuj Gautam (1)、Roland M. Crocker (1)、Lilia Ferrario (2)、Ashley J. Ruiter (3)、Harrison Ploeg (4)、Chris Gordon (4)、および Oscar Macias (5,6)

著者所属:
1 Research School of Astronomy and Astrophysics, Australian National University, Canberra, Australian Capital Territory, Australia.
2 Mathematical Sciences Institute, The Australian National University, Canberra, Australian Capital Territory, Australia. 
3 School of Science, University of New South Wales Canberra, The Australian Defence Force Academy, Australian Capital Territory, Canberra, Australia. 4School of Physical and Chemical Sciences, University of Canterbury, Christchurch, New Zealand. 
5 Kavli Institute for the Physics and Mathematics of the Universe, University of Tokyo, Kashiwa, Japan. 
6 GRAPPA Institute, University of Amsterdam, Amsterdam, The Netherlands. 

DOI: 10.1038/s41550-022-01658-3 (2022年4月28日公開)
論文のアブストラクト(ネイチャーアストロノミー)
プレプリント (arXiv.orgのページ) 

5. 問い合わせ先

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
E-mail:press_at_ipmu.jp 
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930
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