宇宙の左右対称性を探る手がかり -宇宙複屈折の観測における不定性の軽減手法を発見-

2026年1月28日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)

 

1. 発表概要
東京大学大学院理学系研究科の直川史寛大学院生と、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU, WPI)の並河俊弥特任准教授らによる研究グループは、宇宙複屈折(Cosmic Birefringence, 注1)と呼ばれる現象の観測に伴う不定性について詳しく研究し、無限通り存在する観測値の解釈を制限する手法を考案しました。その結果、現在や将来の観測データを用いることで、その不定性を大きく軽減できることを明らかにしました。

本研究は、宇宙複屈折の観測量である複屈折角について、これまで真剣に考慮されていなかった不定性について初めて定量的に論じた研究です。この複屈折角は、宇宙の左右対称性を破る未知の物理理論や、暗黒物質・暗黒エネルギー解明の手がかりとなる重要な観測量です。今回見出された不定性の軽減手法は、将来の精密な観測データを用いた宇宙複屈折の観測と、その起源となる物理理論の検証において重要な手法を提供することになります。

成果は、米国物理学会の発行する米国物理学専門誌 フィジカル・レビュー・レターズ (Physical Review Letters)のオンライン版に、2026年1月27日付で掲載されました。

 

2. 発表内容
例えば、2時を示す時計を見ただけで、それが何月何日の2時なのかを判別することができるでしょうか?それはできません。時計の針から日付を知るためには、ある基準の日時から、時計の針がこれまでに何回転したのかを把握する必要があります。この時計の針のように、ただ現在の状態を観察しただけでは、過去に何回転したかがわからない状況を、科学の言葉では「360度の位相不定性がある」と表現します。
 

直川大学院生らの研究チームは、これと同様の問題が宇宙マイクロ波背景放射 (CMB, 注2)と呼ばれる光を観測する際にも生じている可能性を指摘しました。一般に光は「偏光」(注3)と呼ばれる方向を持ちます。現代の観測技術を用いると CMB の偏光を観測することが可能であり、そこから宇宙の歴史や性質に関するさまざまな情報が得られます。近年の観測から、この CMB の偏光の方向が、宇宙の長い歴史の中でわずかに回転している兆候が指摘されています。この現象は「宇宙複屈折」と呼ばれています。
 

宇宙複屈折の背後には、未知の物理理論が潜むと考えられています。特にアクシオン様粒子(以下、単にアクシオン、注4)と呼ばれる未知の素粒子が、その有力な候補として注目されています。宇宙複屈折の回転角度(複屈折角)を正確に測定することは、背後に潜む未知の物理理論を解き明かす上で極めて重要です。回転角は CMB の EB 相関(注5)(図1)と呼ばれる信号の振幅を測定することで調べることができ、これまでの測定から0.3度程度と報告されています。
 

図1. 理論的に計算されたEB相関の例(アクシオンの質量が10^{-31} eV の場合)。EB相関の信号はここに表示されている全ての回転角の場合で同様であり、ほとんど見分けがつかない(上図)。しかし上図の左端(矢印で指された領域)を拡大すると信号の形状に違いが見られる(下図)。(F. Naokawa et al. " nπ Phase Ambiguity of Cosmic Birefringence "  Phys. Rev. Lett, 2026/1/27, Copyright (2026) the American Physical Society  に掲載された図を一部改変) 


しかし研究チームは、実際にこれよりも大きく回転している可能性が排除できないことを指摘しました。図2に示すように、私たちが観測できる CMB は現在の状態のみです。そのため0.3度と180.3度、360.3度といった回転角は区別がつかないはずです。これは冒頭の時計の例と同様に、複屈折角には「180度の位相不定性がある」(注6)ことを意味します。
 

図2. 宇宙複屈折の回転角を測定する際に生じる180度の位相不定性についての概念図(Credit: Naokawa, Namikawa, higgstan.com)


この位相不定性のため、複屈折角の可能性は無限に存在するように見え、宇宙複屈折の起源となる物理過程を特定することが困難になります。そこで研究チームは、この不定性を解消する方法がないか検討しました。理論的な計算の結果、EB 相関の信号の形状には、偏光の方向が何回転したかという情報が刻印されることを突き止めました。そして、EB 相関を詳細に観測することで、この不定性を大きく解消できることを示しました。この手法は、サイモンズ天文台や LiteBIRD (マイクロ波背景放射偏光観測宇宙望遠鏡)など近い将来の観測において、宇宙複屈折をより詳細に研究する際に用いられることが期待されています。
 

さらに、位相不定性を考慮した場合、EE 相関(注5)と呼ばれる別種の CMB 信号にも、宇宙複屈折の影響が及ぶことを新たに発見しました。EE 相関は宇宙の「光学的厚み」(注7)を決定する上で重要な観測量です。このため、本研究成果は、これまでに得られてきた光学的厚みの観測値に対して、修正を迫る可能性があります。この点については、並河准教授がその後、さらに詳しい研究を進めています。

 

3. 用語解説
注1)宇宙複屈折
CMB の光は偏光していることが知られており、それぞれの光が「方向」を持つ。通常、CMB の光が宇宙空間を伝播する際、この方向に変化は生じない。しかし近年の観測から、この方向が宇宙の歴史の中で、左右どちらかの方向にわずかに回転している可能性が示唆されている。この現象を「宇宙複屈折」と呼ぶ。この回転は、左右非対称に起こるため、主に左右対称な理論で構成される現状の物理理論では極めて説明が難しい。

注2)宇宙マイクロ波背景放射(CMB)
天体が生まれるよりずっと前に生じた宇宙最古の光であり、ビッグバン直後の情報を保存している。現在の宇宙にも満ち溢れ、電波望遠鏡を使うと観測することができる。この光の強度や偏光の方向を詳細に観測することで、宇宙の年齢や暗黒物質や暗黒エネルギーの量など、宇宙に関する基本的な情報を知ることができる。

注3)偏光
光は粒であると同時に波の性質を併せ持つ。この光の振動の方向を「偏光の方向」と呼ぶ。

注4)アクシオン様粒子
現在確立している素粒子理論(素粒子標準模型)には組み込まれていない、仮説上の素粒子。厳密にはもし存在すれば暗黒物質や暗黒エネルギーの正体を担う可能性がある。また、左右非対称な現象である宇宙複屈折を引き起こすことも理論的に示されている。

注5)EB 相関、EE 相関
CMB の光を解析する際に用いられる基本的な信号。CMB の観測データには T, E, B の3種類が存在し、そのうち偏光に関する測定量は E と B である。観測データから宇宙についての情報を引き出すためには各データの相関を計算する。相関は、E と E のように同じデータ同士で計算したり(EE 相関)、E と B のように違うデータ同士でも計算ができる(EB 相関)。特に EB 相関は左右非対称な現象に敏感な信号であるため、宇宙複屈折の観測に用いられる。

  (注6) 180度の位相不定性
時計の針は「向き」を持つが、偏光は「方向」のみを持つ。よって、位相不定性は360度ではなく180度となる。
     
注7)光学的厚み
宇宙に存在する原子がどの程度電離しているかを示す指標。宇宙そのものの歴史や、天体がどのように形成されてきたかを調べるために重要な指標となる。
 

4. 発表雑誌
雑誌名:Physical Review Letters
論文タイトル:nπ phase ambiguity of cosmic birefringence
著者:Fumihiro Naokawa (1, 2*),  Toshiya Namikawa (3), Kai Murai (4), Ippei Obata (5), Kohei Kamada (6, 7, 1)
* 責任著者

著者所属:
1 Research Center for the Early Universe, The University of Tokyo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan 
2 Department of Physics, Graduate School of Science, The University of Tokyo, Bunkyo-ku, Tokyo 113-0033, Japan
3 Center for Data-Driven Discovery, Kavli IPMU (WPI), UTIAS, The University of Tokyo, Kashiwa 277-8583, Japan
4 Department of Physics, Tohoku University, Sendai, Miyagi 980-8578, Japan
5 Kavli IPMU (WPI), UTIAS, The University of Tokyo, Kashiwa 277-8583, Japan
6 School of Fundamental Physics and Mathematical Sciences, Hangzhou Institute for Advanced Study, University of Chinese Academy of Sciences (HIAS-UCAS), Hangzhou 310024, China 
7 International Centre for Theoretical Physics Asia-Pacific (ICTP-AP), Beijing/Hangzhou, China
DOI:10.1103/6z1m-r1j5 (2026年1月27日掲載)
論文のアブストラクト(Physical Review Letters のページ)
プレプリント (arXiv.orgのページ)


5. 問い合せ先
(研究内容について)
直川大学院生にご連絡の際は、並河特任准教授をCCに入れてください。

直川 史寛 (なおかわ ふみひろ)
東京大学大学院理学系研究科 物理学専攻/附属ビッグバン宇宙国際研究センター 博士課程 
E-mail:naokawa-fumihiro839_at_g.ecc.u-tokyo.ac.jp
*_at_を@に変更してください

並河 俊弥(なみかわ としや)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任准教授 
E-mail:toshiya.namikawa_at_ipmu.jp
Tel:04-7136-6551
*_at_を@に変更してください


(報道に関する連絡先)
東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室
E-mail:media.s_at_gs.u-tokyo.ac.jp 
Tel:03-5841-8856 
*_at_を@に変更してください

東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 小森
E-mail:press_at_ipmu.jp
Tel:04-7136-5977
*_at_を@に変更してください 


関連のプレスリリース
ブラックホールを検出器として用いた暗黒エネルギー観測 ―天体観測で宇宙複屈折を測定する新手法―(2026年1月28日 東京大学大学院理学系研究科の記事)
※ PRLに同日時発表の直川史寛大学院生による単著論文成果

宇宙の左右対称性を破る「宇宙複屈折」を用いた未知の物理現象の探査~高精度な理論計算の実現に成功!(2023年11月2日 Kavli IPMU の記事)

宇宙マイクロ波背景放射の偏光に「パリティ対称性」を破る新しい物理の兆候を観測 ―暗黒エネルギーの正体解明の糸口になるか?―(2020年11月24日 Kavli IPMU の記事)
 

関連リンク
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