主焦点分光器、多くの星の光を一度にとらえる重要なテストマイルストーンに到達 − PFSエンジニアリング・ファーストライト! −

2022年11月11日
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
国立天文台
 

 

1. 発表概要
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 (Kavli IPMU)の田村直之(たむら なおゆき)特任准教授を中心とする国際共同研究チームは、米国ハワイ州ヒロの国立天文台ハワイ観測所において9月21日から26日にかけて行われた超広視野多天体分光器PFS(Prime Focus Spectrograph)(注1)の試験観測で、意図的に配置したファイバーを通して多数の星からの光を同時に分光器で観測しスペクトルを取得することに成功しました。

2. 発表内容
【背景】
2024年の科学運用開始を目指し開発が進められている超広視野多天体分光器PFS は、ハワイ・マウナケア山頂域にあるすばる望遠鏡(注2)に搭載されます。
すでに稼働中の超広視野主焦点カメラ Hyper Suprime-Cam (HSC) と共に、すばる望遠鏡の8.2m 口径による集光力と主焦点の広い視野を最大限に活かして観測効率を飛躍的に向上させます。このHSC と PFS の両方を使って大規模なサーベイ観測を行うSuMIRe 計画 (「すみれ」: Subaru Measurement of Images and Redshifts) では、遠方銀河と星の広域巨大統計から、ダークマター、ダークエネルギーの正体や、多種多様な銀河の形成、進化の物理過程に迫ります。
PFSが完成すると、約2400本の光ファイバーを用いて、夜空に輝く星や銀河など多数の天体を同時に観測し、その光をさまざまな波長に分離すること(分光観測)が可能になります。このようにして得られたスペクトルにより、撮像観測だけではわからない、天体の詳細な運動や化学的性質、年齢など、さまざまな特徴を調べることができます。
研究チームは2018年からPFSの装置の一部を望遠鏡に取り付けてテストを実施してきましたが、最近になって天体の光をPFSに取り込むための非常に重要なテストに取り組み始めました。

【研究手法・成果】
PFS が一度に見渡せる視野は空の上で 満月よりも数倍大きく、同時観測する最大 2400 もの天体はこの中から選び出します。 PFS は「分光器」という種類の観測装置で、プリズムを通して見るように天体からの光を波長ごとに分散させて「スペクトル」として記録します。 一回の露出で記録できる波長範囲はとても広く、近紫外域から可視光域を越えて近赤外域まで及びます。

研究チームは9月21日から26日にかけてすばる望遠鏡で行った試験観測で、ファイバーが天体に対してどの程度正確に配置できているかを調べるラスタースキャンというテストを実施しました。このラスタースキャンは、ファイバーがどの程度天体に対し正確に配置できているかを調べるためのものです。目的の天体が写ると予想される主焦点装置 (PFI) 焦点面上の位置にファイバーをセットした上で望遠鏡の指向位置を少しずらしては分光器でスペクトルを取り、この動作を格子状に並んだ指向位置でデータが撮れるまで繰り返します。その結果、実際のファイバーの位置と天体が実際に写っている位置のずれを測定することができます。

試験の開始後、研究チームは多くの明るい星でラスタースキャンによるデータを取得し、位置ずれを修正するために可能な最適化を繰り返しました。その結果、最終的に装置がファイバーをターゲットに極めて正確に配置できたことを確認できました。

PFSプロジェクトマネージャーのKavli IPMU田村直之特任准教授は、次のように語っています。「チームの努力は今回も素晴らしいものでした。この9月の試験観測は様々な事情からごく最近になって予定されたものですが、優先順位と計画を効率的に再調整し、ハードウェアとソフトウェアの両方で必要な作業を遅れなく完了させました。そして実際、試験観測は実りあるものでした。このような成果を出すことができたのは大変素晴らしいことだと思いますし、チームメンバーを本当に誇りに思います。
このマイルストーンはまだ、1つの観測領域において特定のファイバー配置を用い達成されたものです。星に対するファイバー配置精度はまだ満足のいくレベルに達していません。しかし、これは明らかに非常に大きな前進です。PFSを使って目標天体の光をとらえることができたのですから、エンジニアリング・ファーストライトを達成したと言えますし、装置のコミッショニングは次の段階に入ったと言えるでしょう。」

PFSプロジェクトのプロジェクトサイエンティストでKavli IPMU高田昌広教授は、次のように語っています。「PFSはファイバーが約2400本もありますが、PFSの視野のなかでファイバーが占める総面積の比は0.01% (1/10,000)程度しかありません。つまり、やみくもにPFSを空に向けてもファイバーが天体の光を捕まえることができないのです。これは宇宙の暗い天体からの光を効率良く集めるためですが、田村さんが率いるPFSチームは、ファイバーの位置と空の天体(星)の位置関係を正確に求めることに成功しました。PFSで作成する宇宙の3次元地図から、宇宙を占めるダークエネルギーの正体の解明という最終ゴールに向け、今回の試験観測の成功は大きな第一歩です。エキサイティングです!」

PFSの中心研究者でKavli IPMU村山斉教授は、次のように語っています。「星からの光を分光器で捉えられたのはとってもワクワクします!これからどうやって星や銀河が生まれたのか、なぜ今の宇宙が少子高齢化しているのか、ダークマターは何者なのか、そしてこれから宇宙はどうなるのか、という疑問に答えていく出発点です。この大きな一歩は私たちのチームの大変な作業で実現しました。JPLとCaltechによるファイバーをコントロールするロボット、JHU、Princeton、LAMによるカメラと分光器、ブラジルのチームによる光学ファイバー、そして台湾のASIAAによる主焦点装置の開発のとてつもない努力の結果です。チームのメンバーには感謝してもし切れません!」

PFS銀河進化ワーキンググループのco-chairでKavli IPMUのジョン・シルバーマン准教授は、次のように語っています。「PFSの優れた装置と強力なすばる望遠鏡を組み合わせ、個々のファイバーで集められ、分光器を通して検出器に送られた天体からの実際の光子を可視化できたことは、PFSによるサイエンスを企画している私たちにとって、本当にモチベーションが上がる大きな成果です。装置開発をリードしているPFSチームの大変な努力に心から感謝しています。」

【波及効果、今後の予定】
次回のPFS光学観測は、11月14日〜20日、12月15日〜18日に予定されています。そのために、より細かいピッチでラスタースキャンを行い、できればより暗い天体でより長い時間露光を行うことを目標に、必要な努力を続けていきます。

今回の観測で得られたデータは、今後慎重に分析・議論される予定です。

PFS のサブシステムは、米国、フランス、ブラジル、台湾、日本の共同研究機関によって製作、組み立て、試験が行われ、すばる望遠鏡に輸送されます。運用は2024年頃に開始される予定です。

 

3.用語解説
(注1)PFS (Prime Focus Spectrograph) 超広視野多天体分光器
PFSは、2022年度に始動した「すばる2」計画の主力装置の一つです。
PFS では、望遠鏡やドームのあちこちに設置された複数のサブシステムが望遠鏡と連携して動作し観測を遂行していきます(図2)。すばる望遠鏡の主焦点の直径1.3度の視野内に約2400本の光ファイバーを搭載し、各々の光ファイバーは、10数ミクロンという精度で観測したい星や銀河へ向けられます。そして、捕らえられた多数の天体からの光は、「青」「赤」「近赤外」3つのカメラからなる分光器システムへ送られ、380ナノメートルから1260ナノメートルの波長範囲に及ぶスペクトルとして一度に分光観測されます。

(注2) すばる望遠鏡
ハワイ島標高4,200m のマウナケア山頂域に位置し、国立天文台ハワイ観測所が運用する口径8.2m の世界最大級の望遠鏡で、この口径クラスでは主焦点に装置が取り付けられる唯一の望遠鏡。そのため、他の同じ口径の望遠鏡に比べて10~100倍広い視野を持ち、大規模な俯瞰的観測に最適です。

4. PFS 共同研究機関
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構
国立天文台
カリフォルニア工科大学
NASA ジェット推進研究所
マルセイユ天文物理研究所
プリンストン大学
ジョンズ・ホプキンス大学
サンパウロ大学
ブラジル宇宙物理実験局
マックス・プランク宇宙物理学研究所
マックス・プランク地球外物理学研究所
中央研究院天文及天文物理研究所
上海交通大学
中国科学院国家天文台
清華大学
中国科学技術大学
厦門大学
北京大学
コロンビア大学
タフツ大学
コネチカット大学
イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校
ピッツバーグ大学
マサチューセッツ大学アマースト校

5. 問い合わせ先
(研究内容について)
研究連絡先
田村 直之(たむら・なおゆき)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 特任准教授
E-mail: naoyuki.tamura_at_ipmu.jp
* at_を@に変えてください。

(報道に関する連絡先)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構 広報担当 千葉 光史
E-mail:press_at_ipmu.jp
*_at_を@に変更してください
TEL: 04-7136-5977 / 080-4056-2930

(すばる望遠鏡について)
石井未来(いしい・みき)
国立天文台ハワイ観測所・広報担当
Eメール: ishii.miki_at_nao.ac.jp
*_at_を@に変更してください

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関連リンク
主焦点分光器 (PFS), Kavli IPMU 研究プロジェクトページ
PFSプロジェクトウェブサイト
PFSブログ